人間の心理的欲求は認知・感情と情動を映し出し、内的苦しみや葛藤、そして不適応的行動も引き起こすことがある
人間には思考から切り離すことのできない欲求があり、欲求の充足度によってポジティブな快感情やネガティブな不快感情が起こります。「欲求」という言葉から最初に頭に浮かんだのは、マズローの自己実現欲求5段階説でした。アメリカの心理学者アブラハム・マズローの「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定してピラミッド図のように理論化したものです。
次に注目したのは、アメリカの心理学者ヘンリー・マレー氏が分類した一次的欲求11種類、生理的欲求(臓器発生的欲求)と二次的欲求である28種類の社会的欲求(心理発生的欲求)の「マレーの欲求リスト」です。
マレー氏の欲求の分類は心理学で初めてリスト化されていて、1938年に刊行された著書から80年以上経っていますが、現在も性格判断など評価の基礎となっています。
私たちは欲求が満たされると快感情が起き、満たされないと不快感情を抱きます。欲求は感情の動因となり行動を起こさせる生得的で本能的な反応で、生命の維持や存続を継続するための生理的欲求(臓器発生的欲求)で食欲や安全欲、性欲などがあります。人間が進化するにつれ社会的欲求(二次的欲求)も種類が多くなり、近代の発展化ではもともとの感情とは無関係だった心理的欲求(精神的欲求)が増してきています。
このページを含め、心理的な知識の情報発信と疑問をテーマに作成しています。メンタルルームでは、「生きづらさ」のカウンセリングや話し相手、愚痴聴きなどから精神疾患までメンタルの悩みや心理のご相談を対面にて3時間無料で行っています。
荻野七重氏と齊藤勇氏の心理的欲求の59分類
欲求は思考や感情、行動に直接的に関連する心理プロセスです。ヘンリー・マレー氏の社会的欲求28種類では心理プロセスの構造分析では性格仮説や解析は困難となります。
そこで、荻野七重氏(白梅学園短期大学 心理学科 教授)と齊藤勇氏(立正大学 名誉教授)は細分化し1993年・1994年・1995年の研究発表しています。心理的欲求59分類の社会的・心理的欲求リストを引用し掲載させていただきます。
※欲求内容は筆者の構成で掲載しています。
欲求名 | 欲求内容 |
---|---|
自尊 | 他者から価値がある存在だ、尊敬、優秀だと認められたい |
競争 | 勝ち負けや優劣の争いは充実できることなので競争したい |
優越 | 他者より優れている自己を証明し、社会的地位をあげたい |
攻撃 | 他者を攻めたり、非難したい |
反発 | 他者の言動などを受け入れないで強く否定し、やり返したい |
流行 | 新しいものや言葉、思考の流行りなどの先端を手に入れたい |
自己顕示 | 他者の注意を惹きたい、自己の能力や存在をアピールしたい |
指導 | 目的、方向に向かって教え導き、集団をまとめたい |
名誉 | 社会的に輝かしい評価や価値のある地位につきたい |
支配 | 他者を勢力下に置き、行為を規定し命令し束縛の状態にしたい |
権力 | 自己の意思で集団の行動を強制する能力を持ち、活躍したい |
欲求名 | 欲求内容 |
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愛情 | 親、子、恋人、友人などの対象者にあたたかな心で接したい |
恋愛 | 特定の恋人対象者に愛を感じ、お互いに大切な関係になりたい |
愉楽 | 深い喜びを心から味わい楽しみたい |
自由 | 他者の束縛を受けずに自分の思うままに振る舞う生活がしたい |
自己表現 | 自己が持つ考えや感情などの個性をアピールしたい |
不満解消 | 悩みや心の引っ掛かりを清算するために気分転換をしたい |
欲求名 | 欲求内容 |
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達成 | 具体的な目標を持ち、上位資質な実行力で成し遂げたい |
内罰 | 失敗や思い通りにならない時は、自己に攻撃を向け反省したい |
自己成長 | 自己成長の必要性を認識し自己の努力で充実させていきたい |
持続 | 結果が出るまで根気強く意識を持ち続けたい |
自己実現 | 自己の能力や可能性を最大限に発揮し人生、自我を達成させたい |
知識 | 学習などによって旺盛なる欲望で知識を得たい |
自己主張 | 自分の権利や意見、考え、欲求など言い分を伝えたい |
批判 | ある物事を判定や評価し、誤りや欠点など指摘したい |
趣味 | 職業などの専門性ではなく、事柄の楽しみや面白さで愛好したい |
感性 | 物事を五感を通じて心に深く感じ取り感動したい |
理解 | 他者の立場や物事の因果関係の道筋を悟りたい |
他者認知 | 他者の性格や能力、価値観など内面的特性を理解したい |
好奇 | 未知や珍しいことに気持ちが惹かれ、経験や目を向けたい |
欲求名 | 欲求内容 |
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秩序 | 規則や正しい道筋を守り、社会での安定した状態を維持したい |
援助 | 弱者や困った状況にある他者に物品提供や世話をして助けたい |
集団貢献 | 所属・組織化された目的的な集まりに力を尽くし成果を上げたい |
社会貢献 | 地域や世の中の社会の発展のために参画して寄与したい |
教授 | 学問や技芸、知識を教え授け心意作用の発達を助けたい |
自己認知 | 自己の価値観、性格を理解し、強み弱みを的確に把握したい |
承認 | 他者から認められ価値のある存在であり肯定的な評価を受けたい |
自己開示 | 他者に自己のありのままの情報を率直にさらけ出したい |
欲求名 | 欲求内容 |
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屈辱回避 | 屈服や服従されて恥や笑われることを回避したい |
同調 | 多数者に調子や意見、態度を合わせて同じ行動をとりたい |
嫌悪回避 | 他者からの嫌悪感や不快感を持たれることを避けたい |
批判回避 | 他者から良くも悪くも見分けられ評価されるのを回避したい |
服従 | 自己意思とは関係なく他者の意見や命令に従って行動したい |
優位 | 立場、地位など優位でありたいと同時に下位な相手と接したい |
譲歩 | 他者と争うなら意見や主張をせず折り合いをつけて解決したい |
安心 | 物事が安全で安らかに不安がなく、安定側を選択、実践したい |
気楽 | 物事にこだわらず、気兼ねせず、苦労せずのんびりしたい |
挑戦 | 危険や困難に挑むことや他者や記録に立ち向かいたい |
安全 | 危険が及ばないことや物事に損傷や損害がないことを望みたい |
拒否 | 嫌いな人との付き合いや自己への要求や提案を受けたくない |
金銭 | お金を確保して経済力をつける活動をしたい |
生活安定 | 物事が落ち着いていて経済も安定した暮らしを続けたい |
欲求名 | 欲求内容 |
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依存 | 他者に寄り掛かることで自己の存在があり、頼って生活したい |
親和 | 他者や友人と親しみあって交流を深め、楽しく時を過ごしたい |
協力 | 他者や集団では目的に向かって心を合わせ努力したい |
孤立 | 助けは得られずとも、独り離された状態で過ごしたい |
恭順 | 信頼できる他者の命令につつしんで従い、忠実な活動をしたい |
自己規制 | 欲望を排除し、自粛、自制、遠慮を心がけた誠実な生活をしたい |
迷惑回避 | 他者に煩わしさや不快を感じさせないよう社会生活をおくりたい |
Z・α世代の「新しい6つの欲求」新仮説とは
社会的活動には思考・欲求・感情が円環関係で構成され言動・行動に移ります。荻野七重氏と齊藤勇氏の59種類の欲求の発表から30年経過した私たちの思考や欲求、感情は変化しているものだと考え、筆者なりの答えを導き出そうとしましたが、この59種類以外の正当であり公平な欲求は見つけられていません。
Zやα世代はSNSを多く取り入れた社会を過ごしてきています。仕事の価値観(キャリア感)、ダイバーシティ感、ジェンダー問題、LGBTQや身体・精神障害者、生涯独身者などのマイノリティ、ハラスメント・セクハラへの注目、個人情報保護、結婚観、勤務環境、コロナ環境、ゲーム・メタバース、持続可能な開発目標(SDGs)、気候変動への取り組む温暖化対策など限りなく多様に生活基準が変わりました。当然ながら欲求感覚も変わり、新たな欲求が新説されても不思議ではありませんが、59種類の欲求は筆者が考え挙げたすべてのテーマに当てはまります。
例えば、【ジェンダーとLGBTQに関する欲求】は、「自由」「自己表現」「自己主張」「他者認識」「自己認識」「自己開示」「屈辱回避」「嫌悪回避」「批判回避」「自己実現」などの欲求に当てはまります。【SNSの発信する発信意欲】の感覚ですが、「承認」「自尊」「自己顕示」「自己表現」「自己成長」「自己主張」「自己実現」「承認」などの欲求に当たります。同じようにSNSで「叩かれたくない」感覚の同調思考や防御意識も59種類の欲求の中で説明ができます。
筆者はそれでもクライエントの皆様が自己の欲求に気付きやすくするうえで、6つの「新仮説の欲求」を設けて心理療法現場や実践で分析していきたいと思っています。また、多数の現場経験からの視点で感じることは、Z世代の思考・欲求・感情に焦点を当てた心理療法の内的円環図法を行う上で必要があるからです。
そこで以下のようにメンタルケア研究室が新しく仮説する欲求は6つで構成しています。
SNSで情報を発信することによって、対面など直接の対人関係を持たなくても「自己承認欲求」「他者承認欲求」を同時に獲得できますが、多数者に合わせようとする同調圧力の意識と同時に防御意識もしています。攻めと守りが入り混じった複雑な欲求です。
1⃣マイノリティ尊厳欲求
LGBTQや精神的・身体的障害者、生涯独身者など社会的少数派は権利や主張が認められないことが多く、異質や異端ともみられ弱者となることがあります。マイノリティ(多様性)が尊重され道義的要求が認められるようになることを希望しています。
2⃣多様性ワーク欲求
自分らしさを求める副業やパラレルキャリア(第二のキャリア)、リモート勤務などの欲求も高く、残業や昇格、賃金、永続勤務などよりもプライベートの優先的なワークライフバランスを望んでいます。
「男子だから」「女子だから」は生物化学的性別ではなく、社会に存在する社会的・文化的な性差を意味します。性による差別を受けることなく、社会、政治、経済に個々の自由な能力が発揮できるようなジェンダーフリーやジェンダーレスを望んでいます。
国内外、年齢、性別、属性などに関連せず、オープンでフラット(インクルージョン)な環境を求める傾向があり、一個人として接する感覚を求めています。加えてグローバル化でありたいという欲求もあります。
職場や組織、所属、集団において身体的、精神的、要求的、個の侵害、人間関係からの切り離しなどのパワーハラスメントやセクシャルハラスメント、モラルハラスメントにはとても過敏になっていて、二次被害のセカンドハラスメントなど報告の多いハラスメントは十数種類に上ります。
SNSなどの急成長により、個人や家庭など私事の干渉や侵害、批判、策略を受けるケースが多くなり、個人の識別は名前、生年月日、住所などの情報のほか、画像や声質、フェイク動画などにも利用され、一瞬で全世界に拡散されることもあります。個人のプライバシーが守られることを望んでいます。
以上の6欲求「SNS発信欲求」「多様性欲求」「ジェンダーフリー欲求」「パーソナリティ欲求」「ハラスメント回避欲求」「プライバシー保護欲求」は、あくまでも心理療法で必要とする「仮説」の欲求として新説しました。
今後は次のページで紹介する心理療法の欲求に注目した新しい「内的円環図法」も取り入れて実践していきたいと考えています。
マズローの自己実現論・5段階説/人間の意識を6階層に表したニューロロジカル・レベルについては2⃣ページ目をご覧ください。