
セルフネグレクトひきこもりとセルフネグレクトの特徴
セルフネグレクトと“ひきこもり”は、いくつかの共通点をもちながらも、それぞれに異なる背景と意味をもっています。両者を比較・整理すると、クライエントの理解や介入の糸口がより明確になります。
共通点:セルフネグレクトとひきこもり
観点 | 共通する特徴 |
社会的孤立 | 周囲とのつながりが絶たれ、自室や自宅に閉じこもる傾向がある |
対人不信・被傷体験 | 他者との関係に強い恐れや諦めがあり、再接近を避ける |
行動の低下 | 日常生活行動(食事・入浴・掃除・金銭管理など)が困難に |
意欲の欠如 | 「やろう」とするエネルギーが湧かず、行動が停止する状態 |
意味・自己の喪失 | 「生きる意味」や「自分とは誰か」に関する問いに直面しやすい |
相違点:セルフネグレクトとひきこもり
観点 | セルフネグレクト | ひきこもり |
中核的な特徴 | 自己管理の放棄・荒廃 | 社会参加からの回避・退避 |
身体的リスク | 高(栄養失調・衛生問題・死亡リスク) | 比較的低い(清潔・衣食住が保たれている場合も多い) |
時間感覚 | 日付や時間、季節の感覚が薄れることがある | 日常の時間感覚は保たれている場合も |
意識の構え | 「どうでもいい」「生きていても意味がない」など放棄的 | 「関わりたくない」「外は怖い」など防衛的 |
関連疾患 | 認知症、うつ病、発達障害、統合失調症、PTSD など | 発達障害、社交不安障害、適応障害、家族機能の問題など |
両者が重なるケースも多い
セルフネグレクト×ひきこもり複合の回復支援ステップ
セルフネグレクト × ひきこもり
複合型ケースにおける回復支援6ステップマップ
Step | 名称 | 支援の焦点 | 関わりのポイント |
Step 1 | 無音期(シャットダウン) | 接触拒否・無反応・自己放棄 | ●「否定せずにそばにいる」こと自体が支援 ●“命の足音”だけを聴くような関わり |
Step 2 | 静止期(凍結状態) | 生活は崩れているが、危機感は希薄 | ●最小限の声かけ(例:「何か欲しいものある?」) ●“承認”ではなく“観察”で存在を伝える |
Step 3 | 疼痛期(微細な苦痛) | 「このままじゃまずい」と感じ始める | ●問いではなく“つぶやき”を返す(例:「暑くなってきたね」) ●“行動”でなく“意味”に寄り添う |
Step 4 | 小回復期(小さな自己回復) | 身体感覚の回復、微細な行動開始 | ●リズム(食事・光・温度)を整える ●“正しい”でなく“楽で安全な”選択肢の提示 |
Step 5 | 再接続期(対人再開の萌芽) | 話す/関わるエネルギーが戻る | ●“言葉”ではなく“感覚”を媒介に(例:香り・音・触感) ●自己否定への「仮の代弁者」となる |
Step 6 | 再構築期(意味の再編) | 自己像と未来像を編み直す | ●“なぜこうなったか”より“ここから何ができるか” ●人生の文脈に意味を与える対話へ |
セルフネグレクト×ひきこもり複合ケース」
6ステップ支援マップに対応するカウンセリング例
状態:
- 接触拒否、反応なし、まばたきも少ない
- 意欲や関心がまったく見えない
スクリプト(関わりの“点火”)
(沈黙の中で静かに)
「……〇〇さん、今ここにいますね。呼吸を感じますね」
(返答がなくても)
「誰も、急がせたり、動かせたりしません。今日は、ただ、ここにいるってことで十分です」
(1分以上沈黙を保ちつつ)
「…何も話さなくて大丈夫です。私の言葉を感じるだけでも大丈夫です」
状態:
- 身体は生きているが、心は動かず
- 行動は停止、感情は遠く、関心が鈍化
スクリプト(存在の観察)
「お水は飲めていますか?…飲んでいなくても、大丈夫です。聞きたかっただけです」
「なんとなく今日、ここに来てくれた。――その『なんとなく』、とても大事です」
「今は“何もできない自分”でいてください。私は、それを一緒に見守ります」
状態:
- 微細な違和感や痛みを言葉にし始める
- 「このままでいいのか」への揺れ
スクリプト(違和感の許可)
「……朝、ちょっとだけイヤな夢を見ましたか?」(想像的な問いで内側へアクセス)
「“少しだけマシになりたい”って気持ちが、1mmでもあったら、それで充分です」
「“苦しい”って、言葉になる前の形で感じてませんか?」
「何かしようとしなくていい。ただ“これが今の自分”って、確認できれば、それが第一歩です」
状態:
- 食べ物を選べる、身だしなみを気にするなどの小さな再起
- 他者の存在を微かに意識し始める
スクリプト(選択の芽を支援)
「今日、話す言葉をひとつだけ自分で選んでもらうとしたら…何にしますか?」
「“この服で来た”っていう、それ自体が変化のサインかもしれませんね」
「体が“少しは生きたがってる”ってサインを出してる気がします。……違うかな?」
状態:
- 短い会話、気持ちの表出が始まる
- 対人関係への恐れと期待が混在
スクリプト(他者と“つながってもよい”感覚の再構築)
「人と話すのは、やっぱり少しこわいですか? それとも、ちょっとだけ楽しさも…?」
「今まで“誰にも見せなかった顔”、ここでは見せてもいいかもしれません」
「“生きづらさ”って、つまり“他人と生きる難しさ”なんですね。ひとりじゃ苦しいけど、ひとりじゃなきゃもっと苦しい」
状態:
- 過去の意味づけや価値観を見直し始める
- 自分の人生と社会との接点を再形成
スクリプト(“生きる意味”への接近)
「〇〇さんが“本当はどう生きたかったのか”、少しずつ、言葉にしていきませんか」
「今のあなたを見てると、“まだ終わっていない人生”を感じます」
「何もかも手放してきたけれど、まだ“拾えるもの”もある気がします。…拾いましょうか」
一緒に読むだけの安心スクリプト(対話形式)
- ことばを交わすだけで「ここは安全」「わたしは受け入れられている」と体感できる時間をつくる。
- 「語れない/動けない」クライエントでも、読む・聞くだけで自己批判を鎮め、呼吸を整える。
- 面接冒頭の“導入”にも、途中で不安が高まったときの“リセット”にも活用可。
使い方ガイド
- 声の質はゆっくり・小さめに。早く読まない。
- 途中で止めてもOK。クライエントが続きを望まない場合はそこで終了してよい。
- 読み合わせが難しいときは、カウンセラーが 「両方の台詞を読み聞かせる」 だけでも効果がある。
- ◯◯や□□は、クライエントの名前や状況に合わせて適宜置き換える。
スクリプト本編
【カウンセラー】ここは “急がなくていい場所” です。
【クライエント】……はい。
【カ】今、息を吸う音が聞こえました。ゆっくり、吐く音も聞いてみましょう。
【ク】……ふぅ。
【カ】大丈夫。上手にできなくてもかまいません。
【ク】できなくても、かまわない。
【カ】もし言葉が出てこなくなっても、わたしはここにいます。
【ク】……。
【カ】あなたが沈黙している時間も、ちゃんと守ります。
【ク】守ってくれる…。
【カ】ここにいるあなたは、いま “責められる存在” ではありません。
【ク】責められる存在では、ない。
【カ】ただ、ここに “いていい人” です。
【ク】いて、いい人…。
(※クライエントに問いかけるとき)
【カ】もし体が少しでも楽になる姿勢があれば、探してみませんか?
【ク】椅子にもたれてみます……。
【カ】よくできました。今この瞬間、あなたの体が “助かった” と感じているはずです。
【ク】……助かった、かもしれない。
【カ】それだけで十分です。次の呼吸まで、ただ待ちましょう。
(10 秒ほど静かにする)
【カ】今ここで起きていることを、一緒に眺める ―― それが今日の目的です。
【ク】一緒に、眺める。
【カ】質問や言葉が浮かばなくても大丈夫。あなたは、すでに大事な作業をしています。
【ク】……はい。
【カ】最後に、わたしと同じ言葉を、心の中で繰り返してみましょう。
「わたしは、ここにいていい。」
【ク】(心の中で)わたしは、ここにいていい。
【カ】ありがとうございました。これで今回のリーディングは終わりです。
【ク】……ありがとうございました。
セルフネグレクト × ひきこもり複合ケースの「回復のサイン」チェックリスト
セルフネグレクト × ひきこもり複合ケースにおける「回復のサイン」チェックリスト
これは、言葉・行動・態度・非言語的反応の中に現れる、ごく微細な「回復の芽」に気づくための臨床用チェック項目です。
№ | セルフネグレクト × ひきこもり複合ケースの観察ポイント「回復のサイン」チェックリスト |
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【A. 微細な“行動の回復”サイン(行動系)】 | |
1. | 服を着替えてカウンセリングに来た |
2. | 自ら飲み物を持参した/飲めた |
3. | 一定のリズムで頷く・まばたきをする |
4. | カレンダーや日付に軽く反応した |
5. | ほんの数分でも時間を守ろうとした |
【B. 感情の“動き”が見えるサイン(情緒系)】 | |
6. | 「不安」や「困った」などの語を口にした |
7. | 他人の言葉に対して怒りや悔しさを表した |
8. | 自分に対して自嘲や批判の言葉が出た |
9. | 笑み・照れ・ため息など、感情の揺れが表れた |
10. | 沈黙後にぽつりと「…少し話してもいい?」などが出た |
【C. 他者との“つながり”を求めるサイン(対人系)】 | |
11. | カウンセラーの名前や前回の話を覚えていた |
12. | 「また来てもいいですか?」と聞いた |
13. | 「誰かに話すとちょっと楽になる」と言った |
14. | SNS・テレビ・近所の人など、外の世界に触れた話が出た |
15. | 誰かへの感謝や心配の感情が語られた |
【D. 自分自身を“見つめ直す”サイン(内省系)】 | |
16. | 「このままでいいのかな」とつぶやいた |
17. | 自分の過去や家族の話を語り始めた |
18. | 自分の状態を“怠け”ではなく“限界”と理解し始めた |
19. | 「昔はこうだった」と比較する話が出た |
20. | 「本当はどうしたい?」という問いに考える様子があった |
活用のポイント
- ✔が1つでもつけば「変化の萌芽」として注目に値します。
- 数値で評価するより、「回復の兆しを発見する姿勢」が重要です。




- 『ひきこもり 親子のための完全ガイド』
- 著者: 木村雅則
- 発行社: 誠信書房
- 『ひきこもりの心理学』
- 著者: 伊藤孝紀
- 発行社: 勁草書房
- 『ひきこもりの人と家族のための本』
- 著者: 藤井裕子
- 発行社: かんき出版
- “Lost Connections: Uncovering the Real Causes of Depression – and the Unexpected Solutions”
- 著者: Johann Hari
- 出版社: Bloomsbury Publishing
- “The Stranger in the Woods: The Extraordinary Story of the Last True Hermit”
- 著者: Michael Finkel
- 出版社: Knopf
- “Out of the Shadows: Understanding Sexual Addiction”
- 著者: Patrick Carnes
- 出版社: Hazelden Publishing
- 【文献】 Teo AR*, Chen JI, Kubo H, Katsuki R, Sato-Kasai M, Shimokawa N, Hayakawa K, Umene-Nakano W, Aikens JE, Kanba S, Kato TA*: Development and Validation of the 25-item Hikikomori Questionnaire (HQ-25). Psychiatry and Clinical Neurosciences, 72(10), 780-788, 2018 Oct [doi: 10.1111/pcn.12691.]
- 内閣府
- 全国ひきこもり家族会連合会