過去の後悔の失望感や悲しみの捉われ、自己価値感の低さから未来の不安感を抱かせる感情にACTのセッションで「今、この瞬間に注目」させる
アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)は、思考や感情に対して強い抵抗や戦いが見られるクライエント、特にトラウマや不安障害群、うつ病などの思考や感情の内容自体を変えることが困難な場合に有効です。また、自己の価値観に基づいて人生をより意図的に生きることを目指すクライエントにも適しています。
一方、認知行動療法(CBT)は、特定の否定的な思考パターンを識別し、修正することができるクライエントや、具体的な問題行動を改善するための実践的なアプローチが必要な場合に非常に効果的です。
ACTとCBTは、どちらも心理療法の一種であり、特定の思考や行動を変えることで心理的な問題に対処することを目的としています。しかし、アプローチにはいくつかの重要な違いがあり、それぞれの強みが異なるため、クライエントのニーズや問題に応じて、どちらのアプローチが最も適しているかを選択することが重要です。
CBTと比較してACTの特徴を解説
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- ACTアクセプタンス&コミットメント・セラピーの知識
- ACTアクセプタンス&コミットメント・セラピーの技法と手順
- ACTが10分で理解できる総まとめ
- ACT技法の具体的実践アプローチ
- ACT療法がセッション話法で楽に学ぶ
- 依存症に対するACT療法の実践セッション
- トラウマに対するACT療法の実践セッション
- ACTの患者が行うマインドフルネストレーニング
- ACT-価値観の明示とコミットメント行動のアプローチ
- ACTのセッションでトラウマを受け入れ価値感を示す
ACTでセラピストとクライエントのセッション
メンタル相談に来所したクライエントの相談を次のようにまとめてみました。
本日、2024年9月2日木曜、朝9時から社内でプレゼンをすることになった。
1か月前にプレゼンターに選ばれていたのは私を含めて5人だったが、私は何度もリハーサルを行い完璧にしてきたので、規定通りの持ち時間30分ピッタリでプレゼンを終了した。テーマもZ世代に焦点を置き、視覚に訴えた統計や写真などもふんだんに使い、飽きさせないように注目させたつもりでいた。それでも、会場からは頷きも拍手も少なかったような気がしている。自信があったのに反応の悪さにだいぶ動揺してしまった。
このプレゼンにはAさんが相談に乗ってくれていたので、事前にAさんの前で練習をしていた。そのこともあり、反響が思うようではなかったことに対しては申し訳なさを感じていた。
それでも、他の4人と比較して内容は上出来だと思っていたので、優秀賞以外は敗北だと考えていた。
しかし、その日の19時にプレゼンをした3人と責任者の部長が食事に行ったことを知った。私には声が掛からなかったので残務をしていたが、あれほど頑張ったのにプレゼンで力を出しきれなかったように感じられ、部長には実力がないものと判断されてしまったんだと心が苦しくなり、トイレで涙を流した。私はこの会社には必要がない人間なのかもと考えていた。
ただ、プレゼンで社員の反応が良かったBさんも食事には誘われていないようで不思議に思えていた。
結果は1週間後ということだが、アパートに帰ってもやはり落ち着かないばかりか心が重く感じられて、食事に誘われなかったBさんに心境を聞けばよかったかな?とか、手伝ってくれたAさんに「ありがとう、ごめんね」くらい挨拶した方が良かったかなと考えて寝付けないので、お酒を飲んで朝方までぼんやりしていた。テレビやネットは見る気がしなかった。
当たり前なのかもしれないが、結果が出るまでのあいだは誰にも相談できなく、苦しくて徐々に自分にも嫌気がさしてきて苛立ちが収まらないで過ごしていた。
9月9日、朝礼で結果の発表があった。優秀賞は取れなかった。優秀賞はBさんだった。Bさんの企画チームも立ち上がるらしい。
発表の直後に「Aさんは協力する相手を間違えた。と思っているだろう」「他の社員は陰口を言っているのだろう」「部長には捨てられたかな」と考えてしまって、この場から逃げたいと思った。
1年ぐらい前にもプレゼンで失敗し、選ばれなかったことを昨日のように思い出していた。連続で企画に失敗したように思えてきた。やはりこの会社には居場所がないんだと思っている。
結果の出た9月9日に部長が帰社(17時30分位)する際に、「あなたの企画は投票で2位だったんだよ!惜しかったね。次の企画の際にはあなたを指名したいので、またプレゼン頼むね」と言ってくれた。どう理解すればよいのかわからなかった。「1位じゃないから何でもないじゃないか!」「以前も、今回も落選だよね」と考えていたら、身体が震えてきたので早めに帰宅した。食事ものどを通らず、考えてばかりで眠れなかった。
次の日、夜眠れなかったのが祟ったのか9月10日は微熱だったため、休むことにした。
9月11日、朝起て会社のことを考えると憂鬱でいっぱいになり休むことにした。9月12日、さぼりで休んだことに罪悪感が湧き、みんなからは休んだ理由を見透かされているだろうと思い、会社に行けないと感じて休んでしまった。
9月13日は出社したが、周りの目が気になっていた。今でも部長や周りの目が気になるし、AさんもBさんも気になって憂鬱が続いている。覇気が出ない。苦しい。
ACTセッションの簡潔編
アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)は、クライエントが現在直面している苦しみを新しい視点から受け入れ、それに対して効果的な行動を選択するための心理的柔軟性を高めるためのアプローチです。ここでは、クライエントが抱えている問題に対して、ACTの6つの主要なプロセスを使ったセッションの例を具体的な会話形式で紹介します。
セラピスト: 「プレゼンが終わってから、自分の努力に対して期待していた反響が得られず、失望感や悲しみ、そして不安が強くなっているとのことですが、その感情を無理に消そうとしたり避けようとしたりしていませんか?」
クライエント: 「そうですね…いつも何とかこの感情から逃れたいと思っています。でも、そのせいでさらに辛くなっている気がします。」
セラピスト: 「その感情に抵抗する代わりに、ちょっと立ち止まって、その感情がどのように感じられるのかに気づいてみませんか?例えば、胸の重さや、体がどのように反応しているかに意識を向けてみましょう。それは苦しいかもしれませんが、抵抗するよりもその感情と共にいる練習をしてみることで、感情を受け入れる力が育まれます。」
クライエント: 「はい、やってみます。感情がどのように体に現れているかを感じることで、少しは違うかもしれません。」
セラピスト: 「プレゼン後に『私はこの会社には必要ないんだ』とか『誰も私を評価していない』という思いが強くなったとおっしゃっていましたね。その思考にどれくらいの重みを感じていますか?」
クライエント: 「すごく重いです。自分の中ではそれが真実だと思ってしまいます。」
セラピスト: 「その思考が浮かんできた時、まず『私は今、自分が価値がないと思っている』と、少し距離を置いてその思考を眺めることができるでしょうか?そして、その思考を心の中で反芻してみるのではなく、例えば頭の中でそれを歌にしてみたり、違う声で言ってみたりすることで、少しその思考から距離を置いてみましょう。」
クライエント: 「面白いですね。思考を歌にするなんて考えたこともなかったです。」
セラピスト: 「この方法を使うことで、その思考がただの言葉であり、あなたの行動や価値を定義するものではないと気づけるようになります。」
セラピスト: 「これまでの話から、過去の失敗や未来の不安にとらわれがちだと感じますが、今この瞬間に注意を向ける練習をしてみませんか?」
クライエント: 「今この瞬間…どうすればいいのでしょうか?」
セラピスト: 「例えば、深呼吸をして、その呼吸の感覚に意識を向けることから始めてみましょう。そして、今この場で、周りの音や香り、体の感覚に注意を向けてみてください。頭の中で思考が浮かんでも、今に戻ってくる練習です。」
クライエント: 「やってみます。今に集中することで、少し落ち着けるかもしれません。」
セラピスト: 「あなたはご自身の思考や感情が、まるであなた自身の全てであるかのように感じているかもしれませんが、実はそれらはあなたの一部でしかないんです。」
クライエント: 「どういうことですか?」
セラピスト: 「思考や感情がどんなに強烈であっても、それらはただの一時的な経験に過ぎません。そしてあなたは、その経験を観察することができる存在です。つまり、あなた自身はその思考や感情を超えた存在なんです。」
クライエント: 「そうか…私はその思考や感情をただ観察することができる存在なんですね。」
セラピスト: 「その通りです。自分を観察する視点を持つことで、感情に飲み込まれずに、より柔軟に対処できるようになります。」
セラピスト: 「あなたがどんな人間でありたいか、どんな価値を大切にしたいかについて考えたことはありますか?」
クライエント: 「正直あまり考えたことがありません。ただ、成功したいという思いが強いです。」
セラピスト: 「成功は重要な目標ですが、もっと具体的に、どんな人間関係を築きたいか、どんな仕事の姿勢を持ちたいかについて考えてみることはどうでしょうか?あなたにとって本当に大切なことを見つけることで、それに基づいて行動することができます。」
クライエント: 「私は、信頼される人間になりたいし、チームの一員として貢献したいと思っています。」
セラピスト: 「素晴らしいですね。それがあなたの価値観だとすれば、その価値に沿った行動を取ることで、今感じている苦しみを乗り越えるための指針が得られるかもしれません。」
セラピスト: 「あなたが大切にしたい価値観に基づいて、どんな具体的な行動を取ることができるでしょうか?」
クライエント: 「まずは、Aさんにお礼を言うこと。そして、プレゼンの結果に対する自分の気持ちを整理して、次回の機会に向けて準備を始めることです。」
セラピスト: 「それは素晴らしい第一歩です。具体的な行動計画を立てて、それにコミットすることで、価値観に沿った生活を送ることができるようになります。あなたの行動は、プレゼンの結果に関わらず、あなた自身の価値を証明するものです。」
クライエント: 「はい、頑張ってみます。自分の価値を認めることができるようになるといいですね。」
セラピスト: 「そうです。それがACTのゴールでもあります。あなたが自分の価値観に沿って生きることで、感情や思考に振り回されずに、豊かで充実した生活を送ることができます。」
ACTセッションの詳細編
アクセプタンス(Acceptance)は、ACTの基本的なプロセスの一つで、クライエントが自分の思考や感情、体験をそのまま受け入れることを学ぶプロセスです。
アクセプタンスのプロセスでは、クライエントが自分の感情や思考を無理に変えようとせず、ただそのままの状態で受け入れる練習を行います。セラピストは、クライエントがその感情や思考に気づき、それを観察し、否定せずに受け入れるサポートをします。
アクセプタンスセッションの場面
セラピスト: 「山田さん、今日は最近のプレゼンのことでとてもお辛い気持ちが続いているとおっしゃっていましたね。今日はその感情や思考について一緒に探っていければと思っています。まず、そのプレゼンに対する失望感や不安感について、例えば、今この瞬間に身体のどこかにどんな感覚があるか教えていただけますか?」
山田さん: 「そうですね、なんというか、胸のあたりが重くて、失望感でいっぱいです。プレゼンが終わった時は大丈夫だったのに、日が経つにつれてどんどん自分を責める気持ちが強くなってきました。」
セラピスト: 「その胸の重さや、自己批判の思いが強まっていることを感じているんですね。それはとても辛いですね。今日は、その感情や思考を少し違う視点で見つめてみる時間を持ちたいと思います。まず、山田さんが感じているこの失望感や不安感、それを無理に変えようとせずに、ただ『今ここにあるもの』として受け入れてみることを試してみましょう。」
山田さん: 「受け入れる、ですか…?でも、こんな気持ちを受け入れたくないです。早く消えてほしいだけで。」
セラピスト: 「そうですよね、辛い感情はできれば消えてほしいと思いますよね。でも、ここで少しだけ、その気持ちに抵抗せずに、ただそこにあることを認めてみるのはどうでしょうか?『この瞬間に私は失望感を感じている』と、自分に対して静かに言ってみるのはどうですか?」
山田さん: (少し考えた後)「…『この瞬間に私は失望感を感じている』、そう言ってみました。でも、やっぱり苦しいです。」
セラピスト: 「そうですね、受け入れるということは、その感情や感覚がただ存在していることを認めることです。それはその感情が良いとか悪いとか判断することではなく、『今、ここにあるもの』として認識することです。例えば、外に大きな嵐が来た時、それを無理に止めることはできませんよね?でも、その嵐が通り過ぎるまで、ただそこにあることを受け入れることはできます。同じように、山田さんの心の中の嵐も、今はそこにあるものとして認めることができるようになります。」
山田さん: 「嵐…そう考えると少し楽になるかもしれません。でも、どうやってその嵐を受け入れるんでしょうか?」
セラピスト: 「まずは、その感情が来た時に、抵抗するのではなく、その感情を観察してみましょう。『あ、また失望感が来ているな』と気づいて、それを否定せずにただ受け入れてみるんです。そして、その感情がどんな風に身体に感じられるか、どんな思考が伴っているかを観察してみてください。」
山田さん:「なるほど…また失望感が来たら、ただそれを感じている自分に気づくんですね。」
セラピスト: 「そうです。それがアクセプタンスの第一歩です。山田さんが自分の感情や思考を少し距離を置いて観察し、受け入れることができるようになると、その感情に飲み込まれることなく、それらを持ちながらも前に進む力が湧いてきます。」
認知デフュージョン(Cognitive Defusion)は、ACTにおいてクライエントが自分の思考を客観的に捉え、それらにとらわれることなく行動するための技法です。デフュージョンは、思考と自己を切り離すことで、思考が自分の行動を支配することを防ぎます。
認知デフュージョンのプロセスでは、クライエントが自分の思考と距離を置き、それらを客観的に捉えることを学びます。セラピストは、クライエントが思考に対して柔軟に対応できるようサポートし、思考が行動を支配するのではなく、クライエントが価値に基づいた行動を選択できるように導きます。
認知デフュージョンセッションの場面
クライエント(山田さん)は、プレゼンテーション後の反響が思うようではなかったことから、自分を責め続けている状態です。「自分には価値がない」「失敗した」「もうダメだ」といった考えにとらわれ、苦しんでいます。
セラピスト: 「山田さん、プレゼンの結果に対する強い自己批判の思考が続いているとのことですが、どのような考えが特に強く浮かんできますか?」
山田さん: 「『自分には価値がない』とか、『失敗した』という考えが頭から離れません。何度も繰り返し考えてしまって、逃げられない感じです。」
セラピスト: 「その思考が繰り返し浮かんでくると、まるでその考えが事実のように感じられることがありますよね。今日は、その思考に対して少し違う見方をしてみましょうか。山田さん、その思考が『自分には価値がない』と浮かんでくるとき、それが事実だと思いますか?」
山田さん: 「はい、そう感じます。もう失敗したし、みんなにそう思われているんだろうって…」
セラピスト: 「そうですね、その思考がとても強いと、事実のように感じてしまうのも無理はありません。でも、今日はその思考を少し客観的に見てみる練習をしましょう。まず、山田さんにお願いしたいのは、『私は自分には価値がないと思っている』と自分に言ってみることです。試してみてもらえますか?」
山田さん: 「…『私は自分には価値がないと思っている』、ですね。言ってみました。」
セラピスト: 「どう感じましたか?」
山田さん: 「なんだか少し距離ができた気がします。『価値がない』と感じるのは事実じゃなくて、ただそう思っているだけなんだって気づきました。」
セラピスト: 「まさにその通りです。今のは、思考と自分を切り離して見てみるという練習の一つです。もう少し続けてみましょう。今度は、『私は、自分には価値がないという考えを持っていることに気づいている』と自分に言ってみてください。」
山田さん: 「…『私は、自分には価値がないという考えを持っていることに気づいている』…そう言うと、さらに一歩離れた感じがします。」
セラピスト: 「良いですね。このようにして、私たちは自分の思考を観察し、そこから少し距離を取ることができるんです。もう一つ、楽しい方法を試してみましょうか。山田さん、『自分には価値がない』という考えを、例えば滑稽な声で言ってみたり、歌にしてみたりできますか?」
山田さん: 「滑稽な声…そうですね…(笑いながら)『自分には価値がな〜い!』みたいな感じですか?」
セラピスト: 「そうです!今、どう感じましたか?」
山田さん: 「何だかバカバカしくなってきましたね(笑)。こんなふうに考えを捉えることができるなんて、面白いです。」
セラピスト: 「そうですよね。これが認知デフュージョンの効果です。思考を別の視点で見たり、滑稽に扱ったりすることで、それが自分の行動を支配する力が弱まるんです。次にその『自分には価値がない』という考えが浮かんできたとき、それがただの考えであり、事実ではないということを思い出して、少し距離を置いてみる練習を続けてみてください。」
山田さん: 「分かりました。これなら少し楽に考えられそうです。」
現在の瞬間に焦点を当てる(Present Moment Awareness)は、アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)の中で、クライエントが今この瞬間に意識を集中し、過去や未来にとらわれることなく、現実に目を向ける練習を行う技法です。これにより、クライエントは現在の体験をそのまま受け入れ、柔軟に対応することができるようになります。
現在の瞬間に焦点を当てる練習では、クライエントが今の感覚や体験に意識を集中することで、過去や未来への不安から解放される手助けをします。セラピストはクライエントに対して具体的な指示を与え、現在の体験を意識的に観察させることで、心の静寂と安定を取り戻す支援を行います。
現在の瞬間に焦点を当てるセッションの場面
クライエント(山田さん)は、プレゼンテーションの結果に対する不安と後悔で悩んでおり、過去の失敗や未来の不確実性について考え続けてしまっています。これにより、現在の瞬間を十分に体験できず、気持ちが重く感じられています。
セラピスト: 「山田さん、最近は過去の出来事や未来のことを考えることが多く、今この瞬間に集中できていないと感じることがあるようですね。」
山田さん: 「そうなんです。プレゼンの結果が気になって、過去の失敗や、これからどうなるかばかり考えてしまいます。」
セラピスト: 「それはとても辛い状態ですよね。今日は、今この瞬間に意識を向けてみる練習をしてみましょう。今、山田さんの周りには何が見えますか?」
山田さん: 「うーん…テーブルの上にコップがありますね。それから、窓の外には木が見えます。」
セラピスト: 「良いですね。では、そのコップについてもう少し詳しく見てみましょう。どんな色ですか?どんな形をしていますか?」
山田さん: 「透明で、丸い形をしています。水が入っています。」
セラピスト: 「その水が入ったコップを見ながら、山田さんが今感じていることを少し観察してみましょう。水の温度や、コップを持ったときの感触など、どんなことでも構いません。」
山田さん: 「そうですね…水が冷たいのが分かります。コップは少し滑りやすい感じがします。」
セラピスト: 「とても良いですね。次に、山田さんが呼吸に意識を向けてみましょう。ゆっくりと深呼吸をして、その呼吸の流れを感じてみてください。」
山田さん: (深呼吸しながら)「…息を吸うと、胸が少し広がる感じがします。息を吐くと、少し体が軽くなったような気がします。」
セラピスト: 「素晴らしいです。今、山田さんはこの瞬間に完全に集中できています。過去や未来について考えるのではなく、今の自分の感覚に意識を向けることができていますね。」
山田さん: 「今、この瞬間だけに集中すると、不思議と心が軽くなる感じがします。過去や未来のことを考えなくてもいいんだと思えると、少し安心します。」
セラピスト: 「そうですね。今この瞬間に集中することで、心が軽くなり、今の体験をそのまま受け入れることができるようになります。これを日常生活の中でも続けていくことで、過去や未来にとらわれることなく、今を生きる力を養っていくことができますよ。」
山田さん: 「はい、これなら毎日少しずつでも練習できそうです。」
自己観察(Self-as-Context)は、アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)において、クライエントが「自分」という存在を「思考する自分」としてではなく、より広い「気づきの自分」として認識することを目指す技法です。これにより、クライエントは自己の思考や感情、体験に巻き込まれるのではなく、それらを観察する立場に立つことができます。
自己観察のセッションでは、セラピストはクライエントが自分の思考や感情を距離を置いて観察できるように誘導し、自分自身を「思考する自分」ではなく、「気づきの自分」として認識できるようサポートします。これにより、クライエントは自己に対する新たな視点を得て、心理的柔軟性を高めることができます。
自己観察セッションの場面
クライエント(山田さん)は、過去のプレゼンテーションの結果や未来への不安によって自分自身を否定的に捉えており、自己価値感が低下しています。セラピストは、山田さんが自分の思考や感情に気づき、それを超えた「気づきの存在」として自分を認識できるようにサポートします。
セラピスト: 「山田さん、最近、自分自身をどのように感じていますか?」
山田さん: 「正直に言うと、すごく自己嫌悪が強いです。プレゼンで失敗したことで、自分は無能だと思ってしまいます。」
セラピスト: 「なるほど。自分が無能だと感じる思考や感情が浮かんでいるんですね。今日は、それを少し違った視点から見てみましょう。山田さんが今感じているその『無能だ』という思考を、まるで映画のスクリーンに映し出された文字のように見てみることはできますか?」
山田さん: 「うーん…それはどういうことでしょうか?」
セラピスト: 「例えば、あなたが映画館の観客だと想像してください。スクリーンに『私は無能だ』という言葉が映し出されているとします。でも、あなた自身はその言葉を見る観客であり、スクリーンの外にいます。どうですか、そのイメージが湧きますか?」
山田さん: 「少し難しいですが、なんとなくわかる気がします。私はその言葉を見ている側にいるんですね。」
セラピスト: 「そうです。そして、その言葉がスクリーンに映し出されている間、山田さんはその言葉を見ることができるだけでなく、それを超えた存在としても自分を感じることができます。あなたはその言葉そのものではなく、その言葉を認識する存在です。この違いを感じ取ることができますか?」
山田さん: 「はい、少し距離を置いて見ることができる感じがします。自分がその思考に完全に支配されているわけではないんですね。」
セラピスト: 「そうですね。私たちは自分の思考や感情を感じたり、観察したりすることができますが、それらそのものではありません。このことに気づくことで、山田さんは自分自身をもっと広い視点から見ることができ、思考や感情に飲み込まれることなく、冷静に対応できるようになります。」
山田さん: 「確かに、思考や感情に飲み込まれていたときよりも、少し落ち着いて見られるようになった気がします。」
セラピスト: 「それは素晴らしいです。これからも、この『観察する自分』という視点を大切にしてみてください。思考や感情がどんなに強くても、それを観察するあなたはいつもそこにいます。そうすることで、山田さんは自己に対してより大きな柔軟性を持てるようになるでしょう。」
山田さん: 「はい、これから意識してみます。」
価値観の明示(Values Clarification)は、クライエントが自分の人生において何が本当に大切なのかを明確にし、その価値観に基づいた行動を取ることを促すステップです。このプロセスを通じて、クライエントは自分の行動や選択がどのように自分の価値観と一致しているのか、またはそうでないのかを認識し、より意味のある方向に進むための指針を得ることができます。
価値観の明示のセッションでは、セラピストはクライエントが自分の価値観を認識し、それに基づいた行動を取ることをサポートします。これにより、クライエントは外部の評価や結果に過度に依存することなく、自分の価値観に基づいた人生を送ることができるようになります。
価値観の明示セッションの場面
クライエント(山田さん)は、仕事のプレゼンテーションで失敗したと感じ、自己価値感が低下している状態です。セラピストは、山田さんが自己評価を他人の反応や結果に依存するのではなく、自分の価値観に基づいて行動し、それに満足感を見出すよう支援します。
セラピスト: 「山田さん、今日はこれまで話してきたことを基に、もう少し深く探っていきたいと思います。先ほど、プレゼンテーションでの結果について話してくれましたが、その経験を通じて、あなたにとって本当に大切なことは何だと思いますか?」
山田さん: 「うーん…正直に言うと、認められること、成果を出すことが大切だと思っていました。でも、それが叶わなかったとき、ものすごく落ち込んでしまったんです。」
セラピスト: 「そうですね。認められたいという気持ちはとても自然なことです。ただ、今少し考えてみてほしいのですが、山田さんがプレゼンの準備をしているとき、どんなことを大切にしていましたか?」
山田さん: 「それは…自分のアイデアをしっかり伝えることや、データを正確に伝えること、そしてチームに貢献することが大切だと思っていました。」
セラピスト: 「素晴らしいですね。それらは山田さんにとって大切な価値観の一部だと思います。これらの価値観に基づいて行動できたとき、どんな気持ちになりましたか?」
山田さん: 「確かに、準備をしているときは充実感がありました。自分の仕事に誇りを持てていたと思います。」
セラピスト: 「その充実感や誇りは、山田さんが自分の価値観に基づいて行動していたからこそ得られたものですね。これを踏まえて、今回のプレゼンテーションで結果がどうであれ、あなたが大切にしていた価値観に基づいて行動できた部分を再確認してみましょう。」
山田さん: 「そうですね…。私は一生懸命準備しましたし、自分が納得できる内容を作れたと思います。それに、チームのためにも努力したつもりです。」
セラピスト: 「そうです。その価値観に基づいて行動できたことは、結果以上に重要なことかもしれません。では、これからの目標や行動において、山田さんが大切にしたい価値観は何でしょうか?」
山田さん: 「たぶん、自分自身の成長や、仕事に対する誠実さ、そして他の人たちとの協力を大切にしたいと思います。」
セラピスト: 「それは素晴らしい価値観ですね。その価値観に基づいて、これからどのような行動を取ることができるでしょうか?例えば、今回のプレゼンテーションの経験をどう活かしていくかなど、考えてみてください。」
山田さん: 「そうですね…。次のプロジェクトでも、自分の価値観を大切にして準備を進めていきたいです。そして、今回学んだことを活かして、さらに自分を成長させるために努力してみます。」
セラピスト: 「素晴らしいですね。そのように、山田さんが自分の価値観に基づいて行動することで、結果に左右されずに充実感や満足感を得ることができるようになると思います。これからもその価値観を大切にしてくださいね。」
コミットメント行動(Committed Action)は、クライエントが明確にした価値観に基づいて、具体的な行動を取ることを促すステップです。これは、価値観に一致する目標を設定し、それを実現するための行動を積極的に行うことを支援します。このプロセスは、クライエントが望む方向に人生を進めるための実践的なアプローチです。
コミットメント行動のセッションでは、セラピストがクライエントの価値観に基づいた具体的な行動を共に計画し、その実行を支援します。このプロセスにより、クライエントは価値観に一致した生活を送り、目標を達成するための持続的な行動を取ることができるようになります。
コミットメント行動セッションの場面
クライエント(田中さん)は、以前のセッションで自分の価値観を明確にし、それに基づいた行動を取ることの重要性を理解しました。今回は、その価値観に沿った行動を具体的にどう進めていくかを話し合います。
セラピスト: 「田中さん、前回のセッションで、自分にとって大切な価値観について話し合いましたよね。覚えていますか?」
田中さん: 「はい、覚えています。自分の家族や仕事に対する誠実さが大切だということを再確認しました。」
セラピスト: 「素晴らしいですね。今日は、その価値観に基づいて、どのような具体的な行動を取っていくかを一緒に考えてみましょう。例えば、今週、家族や仕事に対してどんなことをしてみたいと思いますか?」
田中さん: 「そうですね…。最近、仕事が忙しくて家族との時間が取れていないと感じていました。だから、今週末に家族と一緒に過ごす時間を計画したいです。」
セラピスト: 「いいですね。それは田中さんの価値観にぴったり合っていますね。具体的にどんな計画を立てていますか?」
田中さん: 「子どもたちを連れて公園に行って、ピクニックをしようと思っています。その後、映画を一緒に観る時間も作りたいです。」
セラピスト: 「それは楽しそうですね。家族との時間を大切にすることで、田中さんにとってどんな意味がありますか?」
田中さん: 「家族との絆を深めることができるし、自分自身もリフレッシュできると思います。仕事のストレスも少し軽減できるかもしれません。」
セラピスト: 「そのような行動が、田中さんにとって大切な価値観に沿ったものであることがわかりますね。次に、仕事の面で何か具体的な行動を考えていることはありますか?」
田中さん: 「そうですね…最近、同僚とのコミュニケーションがうまくいっていないと感じています。だから、もっと積極的に話しかけたり、助け合ったりすることで、チームの一体感を高めたいと思っています。」
セラピスト: 「それは素晴らしい目標ですね。同僚とのコミュニケーションを改善するために、最初の一歩として何をしますか?」
田中さん: 「まずは、朝のミーティングで、個人的な感謝の気持ちやサポートの提供を積極的に表明するようにします。それから、ランチタイムに話す時間を取ることも考えています。」
セラピスト: 「それは具体的で実行可能な行動ですね。それを実行することで、どんな結果が得られると考えていますか?」
田中さん: 「チーム内の雰囲気が良くなって、仕事もスムーズに進むようになると期待しています。それに、自分自身ももっと安心して働けるようになると思います。」
セラピスト: 「田中さんの行動計画は、とても現実的で、価値観にしっかりと基づいていますね。これからも、その価値観に沿った行動を継続していくことが大切です。何か障害があった場合、それをどう乗り越えるかも考えてみましょう。」
田中さん: 「はい、もし何か問題があったら、まずは小さなステップに分けて取り組んでみます。そして、セラピストさんにまた相談することも考えています。」
セラピスト: 「それは良いアイデアです。コミットメント行動を続けることで、田中さんが望む方向に人生を進めていくことができると思います。サポートが必要な時は、いつでもお話しください。」