
実際の面接と治療計画
症例:30代女性・会社員・独身
Aさん(34歳)は都内で働く会社員。大学時代から交際している恋人と同棲していたが、半年前に別れを経験し、以降、日常生活に支障が出始めた。別れた恋人が職場の近くを通ったと聞いただけで強い動悸がし、仕事に集中できなくなることが増えた。
夜になると「もう誰にも必要とされないのでは」といった思考が繰り返され、眠れない日が続いた。新たに親しい男性と知り合ったが、LINEの返信が少し遅れるだけで「嫌われた」と感じ、不安で何度もメッセージを送ってしまう。
週末には実家に帰省し、母親のそばにいることでようやく安心できるようになるが、また自宅に戻ると強い孤独感に襲われる。こうした状態は学生時代に母親と離れて一人暮らしを始めた頃にも経験していたが、今回の失恋を機に再燃した。
診断面接では、特定の他者と離れることへの強い恐怖と安心確認行動が顕著であり、社会生活や対人関係に著しい影響を及ぼしていたことから、成人の分離不安症と診断された。現在は、愛着理論に基づいた心理療法と段階的な安心確認行動の制限に取り組んでいる。
面接スクリプト例(抜粋)
先ほどの症例(30代女性・成人の分離不安症)を基にした初回面接のスクリプト例を提示します。
構成は次のようにしています。
- 目的:信頼関係の構築と、症状の理解
- 想定場面:臨床心理士との初回面接(50分想定の抜粋)
セラピスト(以下、S):
はじめまして。今日は来てくださってありがとうございます。まずは最近どんなことでお困りか、自由にお話しいただけますか?
クライエント(Aさん):
…最近、すごく不安定で…。恋人と別れてから、毎日不安がひどくて、誰かがそばにいないとダメなんです。
S:なるほど。別れたことがきっかけで、孤独感や不安が強くなったという感じでしょうか。
A:そうです…。職場でもLINEの返信が来ないだけで心臓がバクバクして。たぶん嫌われたって、勝手に思い込んでしまって…。
S:とてもつらいですね。相手からの反応がないと、「拒絶された」と感じてしまうんですね。そう感じた時、自分の中でどんな気持ちやイメージが出てきますか?
A:…取り残される感じ。自分なんか、誰にも必要とされてないって。
S:取り残される感じ――それはとても深い感覚ですね。今までにも、そういう感覚を覚えた場面ってあったと思いますか?
A:大学に入って一人暮らしを始めた時も、すごく寂しくて。夜に母に電話しないと眠れませんでした。
S:
その時と今の気持ちがつながっているようにも思えますね。
今日は、まずAさんの中にある「安心できる人との関係」と「不安を感じるきっかけ」について、少しずつ一緒に見ていけたらと思っています。焦らず、安心してここで話していただけたら大丈夫です。
中盤以降の面接スクリプト例
成人の分離不安症の女性(Aさん・30代)を想定した中盤以降の面接スクリプト例を提示します。
本スクリプトでは、以下の要素を取り入れています。
- 安心確認行動への気づきと介入
- イメージワークの導入(安心感と別離の再構成)
- 自他の境界を考える支援的対話
テーマ:安心確認行動の見直し
セラピスト(S):
前回、彼とのLINEのやりとりのことを話してくれましたよね。1日に何回も「返信が来てるか」を確認してしまうとおっしゃってました。
クライエント(A):
はい…。見ないと落ち着かなくて。既読がつかないと「嫌われたのかも」って思ってしまうんです。
S:それって、心を守るための「安心確認」の行動ですよね。短期的には落ち着けるけれど、長期的には不安が強くなることって、ありますか?
A:…あります。返信が来てもすぐにまた不安になって…。キリがないです。
S:すごく大事な気づきです。これからは、その「確認したい衝動」にすぐ従うのではなく、「自分で落ち着かせる方法」を一緒に探していきませんか?
A:…やってみたいです。
テーマ:イメージワークの導入(安心の内在化)
S:今日は、少しイメージを使ったワークをしてみませんか?「安心できる感覚」を心の中にイメージで作る練習です。
A:イメージですか?
S:はい。Aさんが「安心できる人」「安心できた場面」を1つ思い出して、その感覚をゆっくり心の中に広げてみます。たとえば、お母さんと一緒にいた夜の記憶とか。
(※ここでイメージ誘導を行う)
「今、目を閉じて、その場面を思い浮かべてください。そこにいたときの音や空気、表情…。その時の“安心感”を、ゆっくり胸のあたりに感じてみましょう」
A:…あったかい感じがします。
S:その感じを“お守り”みたいに、自分の中に持ち帰ることができるよう、今後も練習していきましょうね。
テーマ:対人境界の確認(共依存的関係の見直し)
S:Aさんは、相手がいないと「自分が不完全だ」と感じることがあると話してくれましたね。
A:はい…。誰かに“そばにいてもらわないと”、私はダメなんだって。
S:それって、Aさんの存在価値が「相手の反応」によって決まっているようにも感じませんか?
A:…確かに。
S:今後は、「私はどう感じているか」「私は何を必要としているか」を少しずつ言葉にしていけるようにしていきましょう。Aさん自身の輪郭を取り戻していく作業です。
面接の狙いと意図
セッション目 | 介入内容 | 目的 |
4〜5回目 | 安心確認行動の気づきと言語化 | 不安のループを自覚させる |
5〜6回目 | イメージワーク(安心の内在化) | 外部依存から内的リソースへの転換 |
継続的 | 対人境界の意識化 | 自他の分化、主体感の回復 |
継続的治療計画テンプレート(成人の分離不安症)
■ 基本情報
- 氏名:Aさん(仮名)
- 年齢・性別:34歳・女性
- 診断名(仮):成人の分離不安症(Separation Anxiety Disorder in Adults)
- 主訴:恋人と別れて以降、極度の不安・孤独感、安心確認行動の増加
- 目標:対象依存を減らし、内的安定感と自律性を獲得すること
- 治療目標(SMARTで設定)
-
項目 具体的内容 短期目標(1〜2か月) ・安心確認行動のパターンを特定する
・分離時の不安を1人で扱う練習を始める中期目標(3〜6か月) ・外的な「安心の対象」への依存を減らし、内的な安定資源(セルフケア、イメージなど)を強化する
・「見捨てられ不安」や「自己価値の低さ」への認知再構成を始める長期目標(6か月〜1年) ・安定した対人関係を築くための対人スキルを強化する
・独立した生活や新しい環境への適応力を高める - 介入の構造(フェーズ別)
-
フェーズ1:信頼形成と症状の理解(1〜3回)
- ラポール形成、安全な語りの場の確保
- 分離不安のエピソード収集、安心確認行動のモニタリング
- 愛着スタイル(不安型傾向)に関する共有と教育的対話
フェーズ2:不安との対峙と行動修正(4〜10回)
- 安心確認行動の記録と自己観察(例:「返信確認の頻度」)
- 曝露的アプローチ(“返信をすぐに見ない”などの小さな実験)
- イメージワークの導入(安全基地の内在化・安心の記憶活用)
- 認知再構成(「返信が来ない=嫌われた」思考の検討)
フェーズ3:自律性の強化と対人スキル(11〜20回)
- 「自分軸」の構築(私は何を感じているか/何を選ぶか)
- 境界のワーク(相手の感情と自分の感情を分ける練習)
- 対人関係トレーニング(アサーション、関係性の再構築)
- 安心の他者を複数持つことの検討(友人・コミュニティ等)
フェーズ4:維持と統合(21回〜終了まで)
- 再発予防プランの策定(不安再燃時の対処カードなど)
- セルフモニタリングの習慣化
- 安定した人間関係の維持、孤独への耐性の向上
- 使用予定の技法・アプローチ
-
- 認知行動療法(CBT)
- 愛着理論ベースのアプローチ(EFT要素含む)
- イメージワーク/イメージリハーサル
- 曝露と反応妨害(ERP)
- 対人関係療法(IPT)的要素
- 必要に応じて精神科との連携(SSRI処方等)
- 評価とモニタリング
-
- 毎回のセッション前後にSUD(不安度)を確認
- 安心確認行動の頻度チェック表(セルフモニタリング)
- 3か月ごとに中間評価:生活・関係・感情の変化を共有
「自分軸の構築ワーク」
キーワード:「私はどう感じる?」「私は何を選ぶ?」
ワークタイトル:「他人基準」から「自分基準」へ ~選ぶ・感じる・決める練習~
- 誰かと一緒にいて「なんとなくモヤモヤした」「本音が言えなかった」場面は?
→ ____________________
「相手が○○だったから、自分は…」ではなく、「私はどう感じた?」に焦点を当てる
→ ____________________
- 感情は?(例:緊張/怒り/悲しみ/疲労)
- 身体の感覚は?(例:のどが詰まる/胸が苦しい)
「言いたかったこと/選びたかったこと/我慢してしまったこと」
→ ____________________
→ ____________________
これは「自己主張」ではなく、「自分の感情・選択を否定しない」ための練習です。
【感情の境界ワーク】
キーワード:「これは“相手の感情”」「これは“自分の責任ではない”」
ワークタイトル:「その気持ち、誰のもの?」~感情を仕分けする練習~
→ ____________________
(例:友達に断ったら、嫌な顔をされた)
→ ____________________
(例:「私が悪いのかな」「嫌われたかも」)
感情 or 責任 | 相手のもの? | 自分のもの? |
相手が怒っていた | ||
自分が不安を感じた | ||
相手の期待に応えなかった | ||
自分が無理して合わせた |
「私は相手の感情を引き受けなくてもよい」
「相手がどう感じるかは、私のコントロール外」
「私は“私の責任”の中だけを大切にする」
→ クライエントの言葉で言い換えると?
→ ____________________
クライエントの言葉で書く《支援ワーク》
- ワーク名:「私の安心と不安のことばマップ」
-
このワークでは、クライエントが自分の言葉で安心・不安・つながりを言語化することで、感情の自己理解とセルフコンパッションの土台を育てます。
- 安心を感じたときの私(できごと+気持ち)
-
例)「母が“あなたのこと信じてるよ”と言ってくれたとき、胸の奥があったかくなった」 → 私が安心するキーワードは:「______________」
- 不安になったときの私(できごと+気持ち)
-
例)「LINEの返信が2時間こなかったとき、“もう嫌われたかも”と思って動悸がした」 → 私が不安になるきっかけは:「______________」
→ そのときに湧く考え・イメージは:「______________」 - そんなときに、私を少し楽にする言葉
-
(安心できる人の言葉、自分が言ってほしかった言葉など)
→「______________」
→ それを、今の自分にもう一度言ってみると?:「______________」 - 今、私がつながりを感じられる“人・場所・こと”は?
-
(実際にあるものでも、イメージ上でもOK)
→「______________」
再発予防カード《私が不安になったとき読むカード》
このカードは、「安心確認行動を取りたくなったとき」や「強い孤独感に襲われたとき」に読み返すための自作ツールです。クライエント自身に作成してもらい、持ち歩きやスマホメモにも転記できるようにします。
カードの表:「今、不安な私へ」
1. 今の気持ちはすぐに“行動”しなくてもよい。
「返信がない=見捨てられた」ではない、と3回心の中で唱えてみて。
2. すぐに“確認”しない練習は、未来の私を守るためのステップ。
ここで我慢した私は、きっと少し強くなれる。
3. あの“安心したときのイメージ”を思い出してみよう。
(←ここにAさん自身がワークで描いた安心場面を書く)
4. 本当に今、私が必要としているものは何?
→ 例:少し深呼吸すること、紅茶を飲むこと、温かいブランケットに包まれること。
裏面:
- 緊急連絡先(主治医・支援者・安心できる人)
- 落ち着く音楽リスト/画像(スマホでのQR可)
- 「3分だけやってみる行動」(歩く・ノートに書く・自分をハグする)
活用例(セッション内)
- セッション中にこれらを一緒に書き、クライエントの「自分なりの言葉」を発掘します。
- 言葉に「自分で自分を安心させる力」が宿る感覚を育て、他者依存を少しずつ手放す支援を行います。
- 回復の各段階に合わせて、カードの内容を更新していくことが可能です。
分離不安症の不適応的スキーマ
スキーマ療法の観点から見ると、成人の分離不安症は、次のような初期不適応スキーマ(Early Maladaptive Schemas)と深く関係しています。特に愛着不安・見捨てられ不安・過度な他者依存といった傾向が強い人に多く見られます。
- 「見捨てられ不安」は、認知レベルではなく“身体レベルのパニック”として出現しやすいため、まず感情的検証(Experiential Techniques)が重要。
- 安心確認行動=スキーマ回避なので、それをやめると初期スキーマがむき出しになります。だからこそ、安全基地(セラピストとの関係)が必要。
- イメージワークやHealthy Adult Voice(健全な大人の声)によって、スキーマとの対話を促します。
分離不安症に関連しやすい代表的スキーマ
スキーマ名 | 内容 | 分離不安症との関連 |
見捨て/不安定性 (Abandonment / Instability) | 他者はいつか自分を見捨てる、 愛情は長く続かないという信念 | ・パートナーや親密な人の少しの離れにも強い不安 ・過度な安心確認行動、しがみつき |
情緒的剥奪 (Emotional Deprivation) | 自分が必要とする共感・安心・ 愛情を他者は与えてくれないという信念 | ・「本当には理解されない」 ・常に誰かと一緒にいないと空虚感に襲われる |
他者志向性 (Subjugation / Self-Sacrifice) | 自分のニーズを抑えて他人に従う、 さもなくば関係が壊れると信じている | ・自分の不安を言えずに我慢しがち ・関係性において過剰適応するが、内側では強い不安 |
依存/無能 (Dependence / Incompetence) | 自分には独立してやっていける能力がないという信念 | ・「一人では生きていけない」 ・人との分離=機能不能になると感じる |
社会的孤立/疎外 (Social Isolation / Alienation) | 自分は他人とは違う、仲間に入れないという感覚 | ・「みんなは大丈夫だけど、私だけが脆い」 ・“特別に弱い存在”としての自己認識 |
例:スキーマモードとしての出方
モード名 | 行動パターン | 分離不安症の例 |
見捨てられた子どもモード | パニック、泣き出す、不安に飲まれる | 「返信が来ない=もうダメ」 「一人ぼっちになる怖さに耐えられない」 |
過剰補償モード | 相手を責める、試す、操作的になる | 「なんで無視するの?本当に私のこと大事なの?」 |
回避モード(シャットダウン) | 感情を切る、無関心を装う | 「もう誰にも頼らない。どうでもいい」 |
スキーマカード(分離不安症関連)
▶ 使い方:
- クライエントと一緒に「これは自分に当てはまるかどうか」を確認しながら読み進めます。
- 「どの場面で出てくるか?」「どう感じたか?」を話し合うきっかけとして活用します。
- 【見捨て/不安定性】
- 「大切な人は、いつか私を捨てる」
- 私は、誰かと親しくなると「失う不安」で頭がいっぱいになる。
- 安心できる関係でも、どこかで“長くは続かない”と感じている。
- 【情緒的剥奪】
- 「私の気持ちを本当にわかってくれる人なんて、いない」
- 私が欲しい“やさしさ”や“安心”は、結局いつも得られない。
- そばに人がいても、心の中はずっと満たされない気がする。
- 【依存/無能】
- 「一人じゃ何もできない。誰かに頼っていたい」
- 自分だけでは決断ができない。不安や恐怖でいっぱいになる。
- 誰かがいないと、自分の存在までぐらついてしまう感じがする。
- 【他者志向性(自己犠牲・服従)】
- 「私は、自分の気持ちを言うと嫌われる気がする」
- 相手を怒らせたくなくて、自分の希望を抑えてしまう。
- 自分のニーズよりも“相手の感情”を優先してしまう。
- 【社会的孤立/疎外】
- 「私はどこにも本当には属していない気がする」
- みんなの中にいても、“私は違う”と感じる。
- 仲間やパートナーがいても、どこか心の外側にいるような気がする。
- スキーマに共通する“深層の声”
- 「私は愛されない存在かもしれない」
- 「私は弱くて、不完全で、誰かにくっついていなきゃ怖い」
スキーマモード別・支援ワークシート
分離不安症に関連する代表的なスキーマモード3種に対応した、主要モード支援ワークシートです。
【見捨てられた子どもモード】
ワークタイトル:「今ここにいる“大人の私”とつながる」;「怖い」「ひとりにしないで」「私を見て」
- 今、何があって、どんな気持ちになっている?
→ ____________________ - 身体の反応はどうなってる?(例:胸が苦しい、涙が出る、息が浅い)
→ ____________________
- 子どもモードの中の“声”は、何て言ってる?
(例:「一人にされたら死んじゃう」「置いていかれるのが怖い」)
→ ____________________
- あなた自身の中にいる“落ち着いた、見守る私”がいるとしたら、その子に何て言う?
→ ____________________ - その言葉を心の中で3回唱えてみてください。
- よければ、その時の身体感覚の変化もメモしてみましょう。
【過剰補償モード】
ワークタイトル:「私の不安の奥にあるものに気づく」;「あんな態度、許せない」「私を不安にさせた相手が悪い」
- 今、心の中で言っている言葉は?
→ ____________________
- 本当はどんな気持ちがある?(悲しさ?不安?さみしさ?)
→ ____________________
- 本当はどうしてほしかった? どんなふうに安心したかった?
→ ____________________
- そのニーズを、責めずにやさしく受け止めてみましょう。
→ ____________________
【感情遮断モード(回避モード)】
ワークタイトル:「シャットダウンの裏にあるものを見つる」;「もう誰にも頼らない」「どうでもいい」
- 感情が出てこないとき、自分に何を禁止してる感じがある?
(例:「弱くなっちゃいけない」「泣いたら見捨てられる」)
→ ____________________
(例:幼少期の親の反応、過去のトラウマ体験など)
→ ____________________
- その下にある、素直な感情を想像してみると…
→ ____________________


書名: “Separation Anxiety in Children and Adolescents: An Individualized Approach to Assessment and Treatment” 著者: Andrew R. Eisen, Linda B. Engler, and Mark A. Reinecke 発行社: Guilford Press
書名: “Separation Anxiety Disorder: Psychodynamics and Psychotherapy” 著者: Cesar A. Alfonso 発行社:Karnac Books
書名: “Treatment of Childhood Disorders” 著者: Eric J. Mash and Russell A. Barkley 発行社: Guilford Press
書名: “The Separation Process in Children and Adolescents: An Overview and Practical Guide” 著者: David M. Cohn and J. Scott Rutan 発行社: Wiley