情緒剥奪スキーマへのアプローチと具体的なワーク
情緒剥奪スキーマ(Emotional Deprivation Schema)へのアプローチと実践について解説します。このスキーマは、「他者から感情的な支えや愛情、理解を得られない」という深い信念が特徴です。幼少期に感情的なケアが不足していた場合や、養育者が感情的に冷淡だったり不在だったりする環境で育った場合に形成されることが多くなります。
剥奪スキーマを持つクライエントは、次のような特徴を示します。
愛情やサポートを求めることへの躊躇。情緒 |
感情的な距離を保つ防衛的な態度。 |
他者に対して過剰な期待や依存、または感情的な孤立。 |
治療目標
- スキーマの認識と受容
クライエントが自分の情緒的なニーズを理解し、情緒剥奪スキーマの存在を認識します。 - 感情的な体験の再構成
過去の未解決な感情的傷を癒し、現在のスキーマを和らげる。 - 健全な感情的ニーズの表現
他者に対して適切に感情的なニーズを伝えるスキルを養います。 - 安全で親密な関係を構築
信頼できる他者と親密な関係を築くための行動を学びます。
治療の進行における留意点
- 安全な関係の構築が最優先
クライエントがセラピストを信頼するまで時間がかかる場合があります。焦らず、安全な空間を提供します。 - 小さな成功体験を重視
クライエントが自分の感情的なニーズを表現できた際には、必ず認め、肯定的なフィードバックを与えます。 - 進行をクライエントのペースに合わせる
情緒剥奪スキーマは深い孤独感を伴うため、無理な変化を求めず、クライエントのペースを尊重します。
具体的な技法とワーク
過去の情緒的な剥奪体験を癒し、未満足な感情的ニーズを満たすことをイメージすることで、スキーマの力を弱めます。
- 過去の感情的に辛い記憶を特定
クライエントが幼少期に感情的ケアを求めていたが得られなかった具体的な場面を思い出します。
例: 「子どもの頃、親に相談したかったけれど拒絶された場面」。 - セラピストの介入
セラピストが記憶内に入り込み、クライエントの幼少期の自分に寄り添います。
例: 「あなたが感情を表現することはとても大切なことです」と子ども時代のクライエントに語りかける。 - 新しい意味の付与
クライエントが感情的なケアを受け取るイメージを通じて、「感情的なニーズは重要で満たされるべきもの」という新しい認識を養います。
セッション例
- セッションの準備
- セラピスト:「幼少期に、感情的に寂しさを感じたり、誰かに助けを求めたかったけれど満たされなかったような記憶がありますか?」
- クライエント:「はい、小学生の頃、親が忙しくて私の話を聞いてくれなかった記憶があります。」
- 辛い記憶を再現
- セラピスト:「そのときの状況をできるだけ詳しく思い出してみましょう。どんな部屋で、誰がいて、どんな気持ちでしたか?」
- クライエント:「自分の部屋で、学校のことで落ち込んでいたけど、親に話しかけても『忙しいから後で』と言われました。」
- セラピストの介入
- セラピスト:「今、その場面に私を連れて行ってもらえますか?私はあなたの子どもの頃の自分のそばに立っています。あなたが話したいことを聞いてくれる大人として、どう関わるのが良いと思いますか?」
- クライエント:「私の隣に座って、ただ『どうしたの?』と聞いてくれるだけで十分だったと思います。」
- セラピスト:「それでは、私は隣に座って、『どうしたの?』と聞いてみますね。そのとき、子どものあなたはどんな反応をすると思いますか?」
- クライエント:「安心して、全部話したい気持ちになると思います。」
- 新しいイメージを作る
- セラピスト:「その話を全部伝えるイメージをしてみましょう。そして、私はそれを受け止めて、『それは辛かったね』と伝えます。そのとき、どんな気持ちになりますか?」
- クライエント:「温かい気持ちになりそうです。」
感情的なニーズを適切に表現するスキルを養い、他者との健全な関係を築く手助けをします。
- 感情をラベリング
クライエントが現在感じている感情を言語化する練習をします。
例: 「今、寂しさを感じています。」 - 感情の共有練習
セラピストを対象として、感情を共有する練習を行います。
例: 「私が本当に必要としているのは、ただ話を聞いてもらうことです。」 - 現実的な期待の設定
クライエントが他者に対して感情的な期待を過剰に抱かないよう、現実的な目標を設定します。
セッション例
- 感情のラベリング
- セラピスト:「最近、感情的に寂しいと感じることがあったとしたら、どんな場面でしたか?」
- クライエント:「先日、友人に相談しようと思ったけど、迷惑をかけるんじゃないかと思って何も言えませんでした。」
- セラピスト:「そのとき、どんな感情が湧いてきましたか?」
- クライエント:「孤独感と、少しの自己嫌悪です。」
- 感情を共有する練習
- セラピスト:「今から、私をその友人だと思って話してみてください。どんな言葉で始めますか?」
- クライエント:「うーん…。『最近ちょっと気分が落ち込んでるんだ』と言ってみます。」
- セラピスト:「いいですね。友人役の私が『どうして?話してみて』と答えたら、どうしますか?」
- クライエント:「『忙しいかもしれないのにごめんね。でも最近、仕事がうまくいかなくて』と答えると思います。」
- セラピスト:「その表現、とても良いですね。感情を率直に伝えることができていますよ。」
クライエントが持つ「自分の感情的なニーズは満たされない」という信念を再評価し、肯定的な視点を養います。
- 現在の信念の特定
セラピスト:「あなたは感情的な支援を求めることについて、どのように考えていますか?」
クライエント:「どうせ誰も私を助けてくれないと思います。」 - 反証を探す
セラピスト:「これまでに誰かがあなたを支えてくれた経験はありませんか?」
クライエント:「友人が助けてくれたことが一度だけあります。」 - 新しい信念の提案
セラピスト:「あなたの感情的なニーズに応えてくれる人がいる可能性を考えてみましょう。」
セッション例
- スキーマに基づく信念を探る
- セラピスト:「他人に感情的な支援を求めることについて、どんな考えを持っていますか?」
- クライエント:「どうせ助けてもらえないし、迷惑をかけるだけだと思います。」
- セラピスト:「それは過去の経験に基づいていますか?」
- クライエント:「はい、子どもの頃、親がいつも忙しくて頼れなかったので。」
- 過去と現在を区別する
- セラピスト:「その親の反応は、現在の友人や同僚も同じだという証拠にはならないですよね。現在の関係でポジティブな体験はありますか?」
- クライエント:「確かに、最近、友人が私の話を真剣に聞いてくれたことがありました。」
- 新しい視点を提案
- セラピスト:「その体験を思い出してみましょう。『私の感情的なニーズを受け止めてくれる人もいる』という可能性について、どう感じますか?」
- クライエント:「少し希望が持てます。」
セラピスト自身がクライエントに感情的な支援を提供することで、健全な感情的関係を実体験させます。
- 感情の受容
クライエントが感情を表現した際、セラピストがそれを受け入れ、共感します。
例:
クライエント:「私の話なんて、どうせ誰も気にしませんよね。」
セラピスト:「それはとても孤独な気持ちですね。私はここであなたの話を聞きたいと思っています。」 - 支援的な行動の模範
セラピストがクライエントの小さな成功を認め、感謝や称賛を示します。
例: 「自分の感情を言葉にしてくれたこと、とても素晴らしい一歩ですね。」
セッション例
- セラピストが受容的な姿勢を示す
- クライエント:「私が話しても、どうせ誰も本気で聞いてくれないんです。」
- セラピスト:「それはとても辛い経験ですね。私はここで、あなたの話をしっかり受け止めたいと思っています。」
- 支援的な関係を体験させる
- セラピスト:「今まで私がどのようにあなたの感情を受け止めてきたかを振り返ってみてください。何か違いを感じますか?」
- クライエント:「はい、ここでは安心して話せる気がします。」
- セラピスト:「その安心感を、少しずつ他の関係にも広げていけるように、一緒に練習していきましょう。」
「他者に感情的ニーズを求めるのは無駄だ」という非機能的な思考を修正します。
- スキーマに基づく思考を記録
クライエントが日常で「感情的なニーズを諦める」行動や思考を記録します。 - その思考を検証
セラピスト:「その考えを裏付ける証拠は何ですか?また、それを反証する証拠は何ですか?」 - 柔軟な思考の促進
セラピスト:「感情的ニーズを表現することで、肯定的な反応が返ってくる可能性もありますよね。」
自己で取り組めるワーク
情緒剥奪スキーマ(Emotional Deprivation Schema)を持つクライエントに対して、自己で取り組めるワークは、満たされていない感情的ニーズを認識し、それを少しずつ補うための実践的な方法となります。これらのワークは、日々の生活で感情的な充足感を高めるとともに、スキーマによるネガティブな影響を軽減するための助けとなります。
目的
自分が満たされていないと感じている感情的なニーズを明確にする。
具体的な内容
- クライエントに次の質問を毎日または週に数回記録してもらいます。
- 今日、自分が「もっとこうして欲しかった」と思った瞬間は何ですか?
- その時、どんな感情的なニーズ(愛情、共感、安心感など)が満たされていなかったと感じましたか?
- そのニーズを自分自身でどう補えるかを考えてみてください。
例
- 記録例:「友人に相談した時、あまり共感してもらえず孤独を感じた。でも、私は『私の意見を聞いて欲しい』という気持ちがあったことに気づいた。」
目的
自分で感情的な充足感を得るための具体的な行動を計画する。
具体的な内容
- 自分の「感情ニーズ」を満たすためにできる行動リストを作り、日常生活に取り入れる。
- クライエントに次のような質問を通じて考えてもらいます。
- 自分が一番リラックスできる瞬間はいつですか?
- 誰かに頼らずに、心が満たされるアクティビティは何ですか?
例
- 自然の中を散歩してリフレッシュする。
- 心に響く音楽を聴く時間を取る。
- 日記を書くことで自分の気持ちを整理する。
目的
外部から得られない感情的な満足を、自分自身で提供できるようにする。
具体的な内容
- クライエントに次の練習を提案します。
- 1日の終わりに、自分が頑張ったことや努力したことを3つ書き出します。
- その努力に対して、自分に「ありがとう」「よく頑張ったね」と声をかけてみます。
- ネガティブな感情が湧いた時は、自分を批判せずに「私は人間だから間違いもする」と許可を与えます。
例
- 今日の頑張りリスト
- 仕事で資料をまとめた。
- 友人にメッセージを送った。
- 健康のために早く寝る準備をした。
目的
幼少期に満たされなかった感情的なニーズを、イメージの中で補う。
具体的な内容
- 静かな環境で次のステップを試します。
- 目を閉じ、安心できる状況をイメージします(例えば、愛情深い人物に抱きしめられている場面)。
- 「今、自分は愛されている」と感じることに集中します。
- 終わったら、体験した感覚を日記に記録します。
例
- イメージ:「優しい先生に手を引かれながら、安心して遊んでいる自分」を想像。
- 日記記録:「少し暖かい気持ちになれた。これが自分にとって必要な安心感だと思う。」
目的
信頼できる人間関係を少しずつ築き、感情的な支えを得る。
具体的な内容
- 次の質問を参考に、クライエントに考えてもらいます。
- 自分が話しやすい人は誰ですか?
- その人に感謝や気持ちを表現する方法を考えてみましょう。
- 一歩ずつ心を開く練習をしてみてください。
例
- 小さな自己開示:「最近、ちょっと疲れているけど、今日はあなたと話せて嬉しい。」
- 感謝の伝え方:「先日話を聞いてくれてありがとう。すごく助かりました。」
目的
欠けている部分ではなく、既にある感情的な満足に目を向ける。
具体的な内容
- 毎日次の質問に答えてもらいます。
- 今日、自分に優しくしてくれた人は誰でしたか?
- 自分が満たされたと感じた瞬間はありましたか?
- 感謝したいことは何ですか?
例
- 同僚が手伝ってくれた。
- 見知らぬ人が微笑みかけてくれた。
- 温かいコーヒーを飲んでリラックスできた。
目的
ネガティブな感情を和らげ、自分に対して温かい視点を持つ。
具体的な内容
- ネガティブな考えが浮かんだ時、次のステップを実践します。
- 「この考えは本当に事実か?」と問いかける。
- 代わりにポジティブなセルフトークを選ぶ。
例
- ネガティブな考え:「自分は誰にも愛されていない。」
- ポジティブなセルフトーク:「今はそう感じるけど、私を大事に思ってくれる人はいるはずだ。」