不信/虐待スキーマへのアプローチと具体的なワーク
不信/虐待スキーマ(Mistrust/Abuse)に焦点を当てたセラピーのアプローチと実践について、具体的に解説します。このスキーマは、他者からの信頼を得られず、利用されたり裏切られたりするという信念が中心にあります。クライエントが信頼関係を築くことへの恐れや回避傾向を持つ場合、セラピストとの安全な関係を基盤として、段階的にスキーマの再評価と変容を促すことが重要です。
不信/虐待スキーマの治療目標
- スキーマの認識
過去の経験が現在の信念や行動にどう影響しているかを理解します。 - 感情の処理と解放
抑圧された感情(怒り、悲しみ、恐れなど)を安全な環境で解放します。 - 信頼の再構築
他者に対する健全な信頼を学び、人間関係における新しい行動パターンを作ります。 - スキーマに基づく防衛的行動の減少
過剰な警戒や回避行動を減らし、柔軟な対人スキルを養います。
具体的な技法とワーク
「不信/虐待スキーマ(Mistrust/Abuse)」に対するアプローチでは、クライエントが他者への不信感や虐待の記憶に基づく防衛的な行動を再評価し、健全な人間関係を築くための新しい視点を発展させることが中心となります。このスキーマは他者が信頼できない、利用される、または傷つけられるという深い信念に基づいています。
過去の虐待や裏切りの記憶を新たな視点で再構成し、トラウマの影響を減少させます。
- 記憶の回想
クライエントが幼少期や過去の具体的な体験(虐待や裏切り)を思い出します。
例: 「親から感情を否定された記憶」や「友人に裏切られた体験」。 - セラピストの介入
セラピストが「介入者」として記憶の中に入り込みます。セラピストは過去の場面でクライエントを守ったり、加害者に対抗したりします。
例: セラピストが親に対して「この子を大切に扱うべきだ」と伝える場面を作り出す。 - 新しい意味付け
クライエントが自分の過去を異なる視点で見られるようサポートします。
例: 「あの時の自分は弱かったのではなく、ただ守られるべき存在だった」と気づく。
セッションの目標
過去の虐待や裏切りの記憶を安全な場で再体験し、それに対して新しい反応を作り出す。
セラピスト:「今日は、過去にあなたが他者から傷つけられたと感じた出来事について振り返り、それに対して新しい意味付けを行う練習をしましょう。過去の体験に戻りつつも、今のあなたがその場面で何を変えられるかを考えます。」
- 記憶の特定
セラピスト:「最近のセッションで話してくださった、友人に裏切られたという体験について、覚えていますか?」
クライエント:「はい。親友だと思っていた人が、私の秘密を他の人に話していました。」 - 感情の確認
セラピスト:「その時、どんな気持ちでしたか?」
クライエント:「ショックで、悲しくて、怒りもありました。」 - 新しいストーリーの構築
セラピスト:「では、その時の場面に戻って、今のあなたが過去の自分に寄り添ってくれるところを想像してみましょう。その子に何を伝えますか?」
クライエント:「『これはあなたのせいではないし、本当に信頼できる人も世の中にはいるよ』と伝えたいです。」 - イメージの実践
セラピスト:「その場面を具体的にイメージしてみましょう。その言葉を伝えることで、その子の表情や気持ちはどう変化しますか?」
クライエント:「少し安心しているように見えます。」
安心感を提供し、不安や警戒心を緩和します。
- イメージの設定
クライエントにとって安全で安心できる場所をイメージさせます(例: 静かな森、穏やかな海辺、部屋の中など)。
セラピスト:「あなたが心から安心できる場所を思い浮かべてください。」 - 感覚の具体化
その場所の音、匂い、触覚などを具体的に感じ取るよう促します。
例: 「その場所でどんな音が聞こえますか?触れるものの感触はどうですか?」 - 安全な対話
安全な空間にいるイメージの中で、信頼できる人やセラピストとの対話を練習します。
例: 「その場所で、誰か信頼できる人があなたに安心の言葉をかけてくれる場面を想像してみましょう。」
他者と信頼関係を築くスキルを練習します。
- 信頼が試されるシナリオを設定
クライエントにとって難しい場面を設定します(例: 新しい友人に悩みを相談する場面)。 - セラピストとの対話練習
セラピストが「友人」の役割を演じ、クライエントが信頼の表現を練習します。
クライエント:「私、他人に自分の気持ちを話すのが怖いんです。」 - 肯定的な反応を体験
セラピスト:「それを教えてくれてありがとう。大切に聞きたいと思っています。」
→ クライエントが安心感を感じられるまで繰り返します。
セッションの目標
他者と信頼関係を築く際の新しい行動パターンを練習する。
セラピスト:「次に、他者と接する際に信頼関係を築く練習をしてみましょう。私は役割として、信頼できる友人の立場を演じますので、あなたはその友人とどのように話し、安心感を得るかを練習してみてください。」
- シナリオ設定
セラピスト:「例えば、新しい友人が『一緒に趣味の集まりに行こう』と誘ってくれた場面を想像しましょう。この時、どんな気持ちになりますか?」
クライエント:「本当にその人を信じていいのか、疑う気持ちになります。」 - 信頼を試す対話
セラピスト:「その疑問を私に正直に話してみてください。」
クライエント:「あなたが本当に私のことを大切に思っているのかわからないです。過去に裏切られた経験があって、不安なんです。」 - 肯定的な反応を提供
セラピスト:「あなたの気持ちを話してくれてありがとう。私はあなたを傷つけたいとは思っていませんし、一緒に時間を過ごしたいと思っています。それを感じてもらえるように、無理のない範囲で少しずつ関係を築いていきませんか?」
クライエント:「そう言ってもらえると、少し気持ちが軽くなります。」
過剰な警戒心や否定的な感情を、建設的な考え方に変える練習をします。
- 現在の不信感の特定
セラピスト:「最近、他者に対して疑念を抱いた場面を思い出してください。」 - 感情のラベリング
クライエント:「上司に対して『この人は私を利用している』と感じました。」
セラピスト:「その感情を『警戒心』とラベリングしましょう。」 - 代替的な視点の提案
セラピスト:「上司が実際にはあなたを助けたいと思っている可能性はどうでしょうか?」
クライエント:「それは考えたことがありませんでした。」 - 行動計画の策定
クライエント:「次回、上司が助言してくれたら、それが善意から来ているかもしれないと受け取るようにしてみます。」
セッションの目標
他者への疑念が浮かんだ際に、その感情を過去の体験と切り離して考える。
セラピスト:「最後に、他者を疑う気持ちが浮かんだ時に、その感情を過去の体験から来ているものか、現在の状況に基づいているものかを区別する練習をしてみましょう。」
- 具体的な状況を振り返る
セラピスト:「最近、人を疑う気持ちを強く感じた場面はありますか?」
クライエント:「先週、同僚が私のやった仕事について否定的なことを言った時に、『また裏切られるんだ』と感じました。」 - 感情をラベリング
セラピスト:「その時、どんな感情が湧きましたか?」
クライエント:「怒りと不安です。」 - 過去との関連を分析
セラピスト:「その感情は、現在の同僚の行動に直接関連していますか?それとも、過去の体験から来ているように思いますか?」
クライエント:「過去の体験が影響していると思います。以前の職場で、信頼していた上司に評価を裏切られたことを思い出しました。」 - リフレーミングの実践
セラピスト:「その気づきは重要ですね。同僚の行動が過去の上司と同じとは限らないことを思い出すことで、どんな新しい視点が持てそうですか?」
クライエント:「同僚の言葉は批判ではなく、改善のための提案だったのかもしれないと考えられます。」
不信感に基づく行動パターンを自覚し、変化を促進します。
- 不適応的行動の記録
クライエントが日常生活で「不信感」に基づいて行った行動を記録します。
例: 「同僚の提案を疑い、拒絶した。」 - 行動の背景と結果を分析
セラピスト:「その時、なぜそのように感じましたか?その結果、どんな影響がありましたか?」 - 新しい行動計画
セラピスト:「次回同じような場面があれば、どんな新しい行動を試したいですか?」
自分で取り組む自己ワーク
不信/虐待スキーマ(Mistrust/Abuse Schema)を持つクライエントは、他者に対する基本的な信頼感を持つことが難しく、過去の裏切りや虐待経験から、人が自分を傷つけるのではないかという強い恐れを感じることがあります。このようなスキーマを持つクライエントが日常生活でできる自己ワークを提案します。
目的: 不信感を感じたときの感情を客観的に捉える練習。
- ワーク: 「感情ラベル付け」
- 他者に不信感や恐れを抱いたとき、その感情を記録します。
- 例: 「会話中に疑念を感じた」「不安が高まった」。
- その感情にラベルを付けます(例: 不安、怒り、疑い)。
- 感情を記録するだけで対処しようとせず、ただ観察します。
- 他者に不信感や恐れを抱いたとき、その感情を記録します。
ポイント
- 感情に気づき、それを受け入れることで、反射的な反応を減らす効果があります。
目的: 不信感に基づく歪んだ思考を現実的な視点で修正する。
- ワーク: 「思考の検証」
- 他者の行動に対して「疑う」思考が湧いたときに、その考えを書き出します。
- 例: 「彼女は私を騙しているかもしれない」。
- 以下の質問を用いて、その思考を検証します。
- 「この考えを裏付ける具体的な証拠はあるか?」
- 「他の可能性や解釈は何だろう?」
- 「もし逆の立場だったら、私はどう感じるだろう?」
- 検証した結果を基に、現実的な新しい考えを自分に語りかけます。
- 他者の行動に対して「疑う」思考が湧いたときに、その考えを書き出します。
ポイント
- 考えを客観視することで、不必要な不信感を和らげます。
目的: 他者との関係で安心感を確保する。
- ワーク: 「境界線の確認」
- 他者がどのような行動をしたときに自分が不快になるのかをリスト化します。
- 自分が安心できる距離感やルールを設定し、無理のない範囲で他者に伝えます。
- 例: 「私の許可なくプライバシーに踏み込まれるのは避けたい」。
- 境界線が守られていることを確認し、関係の安心感を育てます。
ポイント
- 健康的な境界線が守られることで、過度の不安や不信感が緩和されます。
目的: 小さな成功体験を積むことで、信頼感を徐々に高める。
- ワーク: 「信頼の実験」
- 身近な信頼できそうな人に、小さなお願いをしてみます。
- 例: 「これを一緒に手伝ってほしい」「これを秘密にしてほしい」。
- その結果を観察し、信頼が守られたことに注目します。
- ポジティブな体験が得られたら、それを日記に記録します。
- 身近な信頼できそうな人に、小さなお願いをしてみます。
ポイント
- 小さな信頼の成功体験を積み重ねることで、不信感を減らしていきます。
目的: 信頼する怖さを軽減し、自分を守る手段を意識する。
- ワーク: 「自己防衛プラン」
- 他者から裏切られる恐れが湧いたときに、次の質問を自分に投げかけます。
- 「もし最悪の結果になったとしても、私はどう対応できるか?」
- 「自分を守るための具体的な行動は何だろう?」
- 具体的なプランを考え、記録します。
- 例: 「必要なら、関係を一時的に距離を取る」「信頼できる第三者に相談する」。
- 他者から裏切られる恐れが湧いたときに、次の質問を自分に投げかけます。
ポイント
- 自分を守る術を持つことで、過剰な不安を軽減します。
目的: 現在の良い人間関係を再確認する。
- ワーク: 「ポジティブリレーションシップ」
- 過去に信頼できた人や、現在良い関係を築いている人の名前を書きます。
- その人たちがどのように自分を支えてくれたかを具体的に記録します。
- 定期的にそのリストを確認し、「信頼できる人もいる」と実感します。
ポイント
- 不信感が強いときにこのリストを見返すと安心感が得られます。
目的: 自分の過去の傷つきや不信感を癒やす。
- ワーク: 「セルフコンパッション」
- 他者に対して不信感を抱いたとき、「過去の経験が影響している」と自分に優しく語りかけます。
- 例: 「私は過去に傷ついた経験があるから、警戒するのは自然なことだ」。
- 自分に優しい言葉をかけます。
- 例: 「私は守られる価値がある」「私は安心してよい」。
- このセルフトークを習慣化します。
- 他者に対して不信感を抱いたとき、「過去の経験が影響している」と自分に優しく語りかけます。
ポイント
- 自分自身への優しさが、不信感を癒やす第一歩になります。
目的: 不信感からポジティブな視点への切り替えを促す。
- ワーク: 「感謝リスト」
- 一日の終わりに、自分が他者から受けた小さな親切やサポートを書き出します。
- 例: 「今日は同僚が親切に助けてくれた」。
- 感謝の気持ちを感じながら、そのエピソードを思い出します。
- 一日の終わりに、自分が他者から受けた小さな親切やサポートを書き出します。
ポイント
- 他者に対する肯定的な視点を育む練習です。
目的: 不信感による過剰な緊張や不安を和らげる。
- ワーク: 「今ここ」エクササイズ
- 不安を感じたとき、目を閉じて深呼吸を数回行います。
- 周囲の物を見て、5つの色や形を観察します。
- 自分の体が椅子や床に触れている感覚に意識を向け、「今この瞬間、私は安全だ」と自分に語りかけます。
ポイント
- 現在に集中することで、不信感から解放される感覚を得られます。
不信/虐待スキーマを和らげるためには、他者との小さな信頼体験を積み重ねること、自分の感情や思考を観察することが重要です。これらの自己ワークを繰り返し行うことで、スキーマの影響を少しずつ減らし、安心感を育てることができます。