見捨てられ/不安定スキーマへのアプローチと具体的なワーク
「見捨てられ/不安定スキーマ(Abandonment/Instability)」へのアプローチと具体的なワークは、クライエントの背景、治療目標、現在の心理的状態に応じて慎重に調整する必要があります。このスキーマは、特に幼少期の不安定な養育環境や愛着関係の中で形成されることが多く、次のような感情や信念を伴います。
他者への依存感の強さ |
人間関係における一貫性の欠如に対する恐怖 |
人から見捨てられる、あるいは愛されないことへの不安 |
これらのスキーマが活性化すると、回避的な行動、過剰な執着、または極端な感情反応が現れることがあります。
アプローチの概要
アプローチは、「スキーマヒーリング」を主軸とし、次の要素を組み合わせることで進められます。
- スキーマの認識
- クライエントが「見捨てられ/不安定スキーマ」を自覚するプロセスを理解します。
- 自己理解の促進に役立つよう、感情、行動、思考のパターンを特定します。
- 体験と信念の再評価
- 幼少期の出来事や形成された信念に対して新しい視点を提供します。
- 過去の記憶にアクセスし、安全で受容的な場での再体験を通じて感情を処理します。
- 健全な大人モードの活性化
- 「健全な大人モード」を強化することで、スキーマに伴う不適応的な反応を緩和します。
- 非機能的コーピングスタイルの特定と置き換え
- 回避、服従、過剰補償といったコーピングスタイルを特定し、より適応的な方法へ変換します。
- 日常的な変化の促進
- 現実生活でのスキーマに基づく行動を変えるための実践を促します。
具体的な技法とワーク
- クライエントに幼少期のトラウマや不安定な状況を思い出してもらい、その場面に「健全な大人モード」の自分が介入するイメージを構築します。
- 手順
- クライエントに現在のスキーマがどのように形作られたかを話してもらう。
- 関連する幼少期の場面を具体的にイメージしてもらう。
- 新しいストーリーを構築し、不安や孤独に直面する幼少期の自分を「健全な大人」が慰め、守る場面を追加します。
セッションの目標
セラピスト:「では、前回のお話で、子どもの頃にお母さんが頻繁に家を空けていたことが、不安や孤独を感じさせていたと話していましたね。その体験を少し振り返りながら、新しい視点を作り出す練習をしてみましょう。」
クライエント:「はい。でも、あの頃の記憶は本当に辛いので、ちょっと怖いです。」
セラピスト:「大丈夫です。ここは安全な場ですので、無理に進める必要はありません。ただ、少しずつ体験を思い出しながら、あなたの心の中にいる『健全な大人』が、その場面でどのように助けられるかを一緒に考えてみましょう。」
実践の流れ
セラピスト:「その記憶を軽く目を閉じて思い出してください。何歳くらいで、どんな状況でしたか?」
クライエント:「たぶん、5歳くらいです。母が出かけていって、私は家で泣いていました。」
セラピスト:「その時、どんな気持ちでしたか?」
クライエント:「とても不安で、誰も私を気にかけてくれないと思いました。」
セラピスト:「では、その場面にあなたの『健全な大人』としての自分が現れて、その子どものあなたに何をしてあげられると思いますか?」
クライエント:「うーん、その子を抱きしめて、『大丈夫だよ。私はここにいるよ』って言ってあげたいです。」
セラピスト:「素晴らしいですね。では、そのシーンを具体的にイメージしてみてください。抱きしめて安心させてあげることで、その子はどんな表情をしていますか?」
クライエント:「少し泣き止んで、ほっとした顔をしている気がします。」
- クライエントが「スキーマの声」と「健全な大人モードの声」を演じ、両者の対話を通じて新しい視点を発見します。
- 手順
- クライエントが自分のスキーマに声を与える。
- 「健全な大人モード」として、そのスキーマの声に反論する。
- 両者の対話を通じて、スキーマの影響を弱めます。
セッションの目標
「見捨てられ/不安定スキーマ」の声と、「健全な大人モード」の声を対話させることで、新しい視点を発見する。
セラピスト:「今日は、あなたの中にある『見捨てられ/不安定スキーマ』と対話する練習をしてみましょう。このスキーマの声に耳を傾け、それに対して『健全な大人モード』として答えていきます。まず、スキーマがどんなことを言っているのか想像してみましょう。」
クライエント:「わかりました。『誰もあなたのそばにずっといてくれる人なんていない』と言っている気がします。」
セラピスト:「では、私が『スキーマの声』を演じるので、あなたが『健全な大人モード』として答えてみてください。始めますね。」
セラピスト(スキーマ役):「あなたなんて、誰も見捨てずにいられるわけがない。すぐに離れていくんだ。」
クライエント(健全な大人モード):「それは本当じゃない。大切に思ってくれている人もいるし、私は自分の価値を知っている。」
セラピスト:「でも、過去にたくさんの人があなたを傷つけたでしょう?また同じことが起きるんじゃないの?」
クライエント:「たしかに過去には辛いことがあった。でも、それは過去の出来事で、今の私は過去と違う選択ができる。」
- スキーマに関連する感情を特定し、過去の体験に結びつけたうえで、現在の状況と分離させる練習を行います。
- クライエントに、「これは現在の状況ではなく、過去の記憶からきている」とラベリングする方法を教えます。
セッションの目標
スキーマに関連する感情をラベリングし、過去と現在の区別をつける。
セラピスト:「では、最近、見捨てられるような不安を感じた出来事を振り返り、その感情を過去と現在で分けてみましょう。」
クライエント:「先日、友達が連絡をくれなくて、また嫌われたのかと思って動揺しました。」
セラピスト:「その時の感情を具体的に言葉にしてみてください。」
クライエント:「孤独で、不安で、怒りも少し感じました。」
セラピスト:「それらの感情は、今の友達の行動に直接関連していると思いますか?それとも、幼少期の経験から来ていると思いますか?」
クライエト:「たぶん、幼少期の経験が影響していると思います。母がいなくなる時の不安と似ています。」
セラピスト:「素晴らしい気づきですね。その感情が過去の影響から来ているとラベリングすることで、現在の状況とは区別がつきやすくなります。この練習を続けてみましょう。」
- クライエントに「見捨てられ/不安定スキーマ」が活性化した日常の出来事を記録してもらいます。
- 記録の例
- 出来事: 「友人が予定をキャンセルした」
- 感情: 「孤独、不安、怒り」
- スキーマの影響: 「誰も私を大切にしてくれない」
- 健全な考え方: 「キャンセルは友人の事情によるもので、私の価値とは関係ない」
- 見捨てられる恐怖や不安が高まったときに、現在の瞬間に注意を向ける練習を行います。
- 呼吸法やボディスキャンを取り入れ、不安感を和らげる。
実践計画の例
次の流れを参考に、数回のセッションに分けて実施できます。
- 初期セッション(1-3回)
- 見捨てられ/不安定スキーマの認識を促し、背景を共有。
- 日記や自己観察を導入。
- 中期セッション(4-8回)
- イメージ再スクリプティングやロールプレイを実施。
- 日常生活の行動パターンに注目し、適応的な反応を練習。
- 後期セッション(9回目以降)
- クライエントが「健全な大人モード」を日常生活に適用できるようサポート。
- 感情のリフレーミングやマインドフルネスの練習を継続。
自分で取り組む自己ワーク
見捨てられ/不安定スキーマ(Abandonment/Instability Schema)を持つクライエントは、人間関係において相手が自分から離れていくのではないか、または安定した関係が維持できないのではないかという強い不安や恐れを抱きやすい傾向があります。日常生活で取り組める具体的な自己ワークを提案します。
目的: 見捨てられることへの不安や恐れを認識し、それを適切に対処する力をつける。
- ワーク: 「感情日記」
- 一日の終わりに、関係に関する不安や恐れを感じた場面を書き出します。
- 「いつ」「誰と」「どのような状況で」感じたのかを具体的に記録します。
- その感情に名前をつけ、「これは恐れだ」「これは悲しみだ」とラベルを貼ります。
- 最後に、自分にこう問いかけます:
- 「この感情は何を教えてくれているのだろう?」
- 「私はこの感情をどう扱いたいだろう?」
- 一日の終わりに、関係に関する不安や恐れを感じた場面を書き出します。
ポイント
- 感情を否定せず、ただ観察することで、不安に圧倒されるのを防ぎます。
目的: 見捨てられる恐れを軽減し、自己価値を再確認する。
- ワーク: 「自己肯定リスト」
- 自分の良いところや他人から感謝されたエピソードをリスト化します。
- 例: 「私は親切に振る舞える」「友人は私を信頼して相談してくれる」。
- 毎日そのリストを読み返し、心の中で「私は価値のある人間だ」と繰り返します。
- 自分の良いところや他人から感謝されたエピソードをリスト化します。
ポイント
- 自分の価値を認めることが、見捨てられ不安を和らげる鍵になります。
目的: 現在の安定した人間関係に焦点を当てる。
- ワーク: 「信頼リスト」
- あなたにとって安心できる人の名前をリストに書きます。
- 例: 「家族」「親友」「信頼できる同僚」。
- その人たちが過去にどのように支えてくれたか、また自分がその人にどう支えられたかを記録します。
- リストを日々確認し、「私は一人ではない」という感覚を強化します。
- あなたにとって安心できる人の名前をリストに書きます。
ポイント
- 実際に存在する安定した関係を思い出すことで、不安を減らせます。
目的: 自分だけでも満たされる感覚を育てる。
- ワーク: 「一人時間プラン」
- 週に1回、一人で楽しめる活動を計画します。
- 例: 読書、散歩、料理、新しい趣味に挑戦するなど。
- その時間を「自分を大切にする時間」として意識します。
- 活動後、感じた喜びや満足感を日記に記録します。
- 週に1回、一人で楽しめる活動を計画します。
ポイント
- 自分一人でも満たされる感覚を得ることで、他者依存を減らします。
目的: 見捨てられる恐れに根ざした非現実的な思考を調整する。
- ワーク: 「思考チャレンジ」
- 見捨てられる不安が湧いたとき、その思考を書き出します。
- 例: 「友人が最近返信をくれないのは、私を嫌いだからだ」。
- 以下の質問でその思考を検証します:
- 「本当にそうだろうか?」
- 「他にどんな理由が考えられるだろう?」
- 「もし逆の立場だったらどう感じるだろう?」
- 検証後、現実的で優しい考え方を自分に語りかけます。
- 見捨てられる不安が湧いたとき、その思考を書き出します。
ポイント
- 認知を修正することで、不安を和らげます。
目的: 見捨てられる未来への過剰な心配を減らす。
- ワーク: 「今ここに戻る」
- 不安を感じたら、その場で目を閉じて深呼吸を数回行います。
- 自分の周りの「五感」に意識を向けます。
- 例: 「今、目に見えるものは?」「肌で感じる感覚は?」。
- 自分に「今のこの瞬間は安全だ」と伝えます。
ポイント
- 未来への心配から解放され、安心感を取り戻せます。
目的: 相手に対する過度な期待を調整し、適切に伝える練習をする。
- ワーク: 「期待の確認」
- 他者に期待していることを書き出します。
- 例: 「定期的に連絡を取り合いたい」「気持ちを理解してほしい」。
- それが現実的かどうかを考え、必要なら相手に丁寧に伝えます。
- 「私はあなたとの関係を大切に思っているので、もう少し話す時間を作れると嬉しい」。
- 相手がどう反応するかに対して、柔軟な姿勢を持ちます。
- 他者に期待していることを書き出します。
ポイント
- 健康的なコミュニケーションが、関係の安定感を高めます。
目的: 見捨てられ不安の根本原因に気づき、克服のきっかけにする。
- ワーク: 「癒しの振り返り」
- 過去に見捨てられたと感じた体験を書き出します。
- その体験について、自分が抱えていた感情を確認します。
- その経験を乗り越えた自分の成長点を見つけます。
ポイント
- 過去の痛みに向き合うことで、現在の不安を和らげます。
目的: 自分の中での安心感を育てる。
- ワーク: 「セルフコンパッション」
- 不安を感じたとき、自分に優しい言葉をかけます。
- 「今は不安だけど、私は大丈夫だ」。
- 「誰も完璧ではない。私は愛される価値がある」。
- これを日々繰り返し、自分自身を支える存在として意識します。
- 不安を感じたとき、自分に優しい言葉をかけます。
ポイント
- 自分で自分を慰めることで、不安の影響を減らします。
目的: 健康的な関係のための適切な距離感を保つ。
- ワーク: 「境界線の練習」
- 相手の要望や行動が自分の快適ゾーンを超えたとき、率直に伝えます。
- 「それは少し無理があるので、今回は控えたい」。
- 自分のニーズを明確にし、それを大切にする習慣を作ります。
- 相手の要望や行動が自分の快適ゾーンを超えたとき、率直に伝えます。
ポイント
- 健康的な距離感が、関係を安定させる土台になります。
見捨てられ/不安定スキーマの克服には、自分自身の安心感を育てることが重要です。日々の小さな実践を積み重ねることで、不安に支配されることなく、健全な人間関係を築く力が高まります。