PTSD・C-PTSDのアセスメントと臨床対応マニュアル(DSM-5/ICD-11対応)に加え面接フォーマットと各評価チェックリスト
トラウマとアセスメントの評価は、単なる診断の確認にとどまらず、治療適応や支援の方向性を見極めるうえで極めて重要である。まず、受診経路の確認は、被害の秘匿性や支援の断絶の背景を把握する第一歩となる。多くのトラウマ被害者は、自ら被害を開示することに抵抗を感じ、支援にアクセスするまでに時間を要することがあるため、その受診動機やきっかけを丁寧に聴取する必要がある。
PTSD診断においては、出来事基準と症状基準を明確に区別する必要がある。特に「侵入症状」とされるフラッシュバックや悪夢は、単なる記憶想起とは異なり、自律的で制御困難な再体験であるため、臨床面接で慎重に確認すべきである。また、PTSDと類似した症状を示すうつ病、解離性障害、パーソナリティ障害などとの鑑別も欠かせない。
治療の適応を判断するにあたっては、自殺リスク、併存疾患、不眠・悪夢の影響、精神状態の安定性、アルコールなどの物質使用といった要因を多面的に評価する必要がある。これらが未処理である場合、トラウマ焦点の治療に入る前に安定化支援や安全確保を優先すべきである。
さらに、標準化されたトラウマ面接法の活用やグラウンディング技法の導入は、面接者と被面接者の双方にとって安全かつ効果的な関係形成を可能にする。ICD-11ではC-PTSDの概念が導入され、長期的・反復的な被害を受けた者への理解と支援の精度が求められており、診断基準の変化にも留意する必要がある。全体として、トラウマのアセスメントは、単なる病名の確認ではなく、個別の回復プロセスに寄り添う評価と準備のプロセスである。
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PTSD・C-PTSDアセスメントと臨床対応マニュアル
- 1. はじめに
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本マニュアルは、PTSDおよびC-PTSDの臨床的評価と治療適応を判断するための体系的な指針を提供することを目的としています。面接技法、診断基準、評価ツール、治療前のリスク評価まで、実践的に活用できる情報を収載しています。
- 2. 受診経路の評価
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- トラウマ被害者は支援へのアクセスを避ける傾向がある。
- 医療・相談機関への受診動機、開示の背景、誰の勧めで来たかなどを丁寧に聞き取る。
- 「話したくない」沈黙の意味を尊重し、支配的な態度は避ける。
- 被害の開示が治療の第一歩であるという前提を持つ。
- 3. 出来事基準と侵入症状の評価
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- PTSDの診断にはDSM-5のA基準(死亡、重傷、性的被害)に該当する体験が必要。
- フラッシュバックや悪夢は単なる回想ではなく、自動的・身体的反応を伴う侵入体験。
- 症状の具体性を問診で明確にする(例:「映像のようによみがえりますか?」)。
- 4. 併存疾患との鑑別と治療適応評価
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- うつ病、パーソナリティ障害、解離症、物質依存との鑑別が必要。
- 治療対象の優先順位を判断し、段階的介入を計画する。
- PTSDに焦点を当てる前に、安全確保・情緒安定が優先される場合がある。
- 5. 標準トラウマ面接と問診技法
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- 安全性・信頼性を確保した関係性の中で、トラウマ歴を尋ねる。
- 初期面接での詳細聴取は避け、回避や過覚醒への反応を慎重に観察。
- 標準トラウマ面接(Structured Trauma Interview)を参照。
質問例(抜粋):
- 「その出来事は、あなたの命が脅かされるような状況でしたか?」
- 「その体験は今も夢や映像でよみがえってくることがありますか?」
グラウンディング技法(例):
- 呼吸の調整、感覚への注意(冷たい水を手にかける)
- 5-4-3-2-1法(視覚・聴覚などの現在の五感に集中)
- 6. 診断基準の変化
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- DSM-5では侵入・回避・認知/気分・覚醒反応の4群症状。
- ICD-11ではPTSDとC-PTSDを明確に区別。
- C-PTSDは自己感・関係性・感情調整の慢性的障害を含む。
- 臨床では両基準の理解と使い分けが求められる。
- 7. PTSDとC-PTSDの比較表
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項目 PTSD C-PTSD 出来事 単回的・明確な外傷 慢性的・反復的な外傷 主症状 フラッシュバック、回避、過覚醒 PTSD症状 + 自己否定、関係困難、感情制御困難 感情 恐怖、驚愕、不安 恥、無価値感、怒り、空虚感 対応 トラウマ焦点治療中心 安定化・対人関係支援も必要 - 8. 治療適応の評価観点(5領域)
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- 自殺のリスク(希死念慮、計画、支援の有無)
- 併存診断(うつ・解離・BPDなど)
- 不眠・悪夢(治療の妨げになるか)
- 精神状態の安定性(感情・現実検討能力)
- アルコール・薬物使用(自己調整のための乱用)
→ 段階的治療が必要な場合、安全・安定化を優先する。
- 9. 臨床記録用:PTSD治療適応評価チェックリスト
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【25項目、5領域・各5問、0~25点評価】
- 各領域の該当項目を記録し、合計点に応じて治療適応を判断
- 自殺リスク
- 併存診断の影響
- 不眠・悪夢の影響
- 精神状態の安定性
- アルコール・薬物の使用
- 点数に応じた対応
- 0~5点:治療可能
- 6~10点:安定化支援と併行
- 11~15点:段階的介入
- 16点以上:リスク介入優先
- 各領域の該当項目を記録し、合計点に応じて治療適応を判断
- 10. まとめ
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トラウマの臨床評価は、出来事や症状の有無のみならず、個別の心理社会的背景や治療準備性までを含めて丁寧に行う必要がある。特にC-PTSDの導入により、より広範な支援と回復の視点が求められている。評価は治療介入の入口であり、安全と信頼のもとで進めることが最も重要である。
「受診経路の評価」
トラウマおよびPTSD患者の「受診経路の評価」は、臨床的なアセスメントにおいて非常に重要です。これは、患者がどのような経緯で医療や支援サービスにたどり着いたのか、そしてその背景にどのような心理的・社会的要因があるのかを理解するための出発点となります。
背景を理解することで、カウンセラーや臨床家は「なぜ今、受診に至ったのか」という問いに対して、より深いアセスメントが可能になります。
アセスメントにおける着目点
受診経路を評価する際に、臨床家が把握しておきたいポイントは次の通りです。
評価項目 | 内容の例 |
紹介元 | 医師、学校、児童相談所、警察、職場など。支援者の有無も含めて確認。 |
患者自身の受診動機 | 「眠れないから」「気分が落ち込む」「過去のことを忘れられない」など、トラウマ以外の訴えが主であることも多い。 |
初期の開示レベル | 被害経験がどの程度語られているか。まだ語れていない可能性を想定しておく。 |
支援に対する期待/不安 | 「よくなりたいが、信じられない」「話すと余計つらくなる気がする」などの両価的な態度。 |
家族や周囲の反応 | 支援的か否か。沈黙を強いられている可能性も。 |
臨床的対応のポイント
臨床的対応のポイント
- 初期段階では過度な開示を求めないことが大切です。安全感を確保し、信頼関係を築くことが優先されます。
- 「どうして今ここに来ようと思ったのか」「相談してみようと思ったきっかけは?」といった問いかけは、受診動機の探索に役立ちます。
- トラウマの内容が語られていない場合でも、それを前提にして「この人は語れない背景があるかもしれない」と仮定し、無理に聞き出さず、待つ姿勢が重要です。
「出来事基準と侵入症状の評価」
「出来事基準と侵入症状の評価」は、PTSDをはじめとするトラウマ関連障害の診断と支援方針を立てるうえでの中核的アセスメント領域です。
出来事基準と侵入症状の評価の意義
- 出来事基準の明確化は、トラウマ体験が診断に該当するかどうかの出発点。
- 侵入症状の把握は、トラウマの影響が現在も持続しているかを評価する重要な指標。
- どちらも単なる聞き取りではなく、臨床的文脈と安全性の確保を重視した面接技法が求められる。
PTSDの診断においては、まず「トラウマとなる出来事」が精神医学的に定義される基準(Criterion A)を満たしているかどうかを確認する必要があります。
● 出来事基準の定義(DSM-5より)
次のいずれかに該当する「実際に経験した」「目撃した」「他者から伝え聞いた」出来事:
- 死、重傷、または性的暴力にさらされた経験
- それらを直接的に体験した
- 他者がそれらを体験するのを目撃した
- 家族や親しい友人が被害にあったことを知った
- 業務上、トラウマ的出来事に繰り返し曝露された(例:救急救命士、警察など)
● 精神的ショック≠出来事基準
重要なのは、「主観的にショックを受けたこと」が必ずしも出来事基準を満たすわけではない、という点です。例えば以下のようなケース:
出来事 | 出来事基準との関係 |
恋人との別離 | 通常は基準を満たさない |
いじめ体験 | 内容により基準に該当し得る(身体的暴力や性被害があれば) |
失業 | 単独では基準を満たさない |
自然災害で生死の危機に晒された | 基準に該当する可能性が高い |
侵入症状は、PTSDの診断において出来事基準に次ぐ中心的な診断指標です。
● 侵入症状の特徴
次のいずれかの症状が、トラウマ体験後に繰り返し、非随意的に起こることが必要です。
- フラッシュバック(追体験)
現実と区別がつかないような強烈な再体験。感覚・身体感覚を伴うことが多い。 - 悪夢(トラウマ関連の内容)
- 侵入的な記憶想起(頭から離れず、繰り返し思い出される)
- トラウマ関連の刺激への強い心理的苦痛または身体的反応
(例:似た場面や匂い、音などでパニック、動悸)
● 注意点:「思い出す」こと=侵入症状ではない
単に「思い出してつらい」と語られる内容があっても、それが非随意的かつ制御困難であるかどうかを見極める必要があります。
- 能動的に思い出す → 回避しようとしている場合も多い
- 非随意的な侵入 → コントロール不能な苦痛
この区別が、診断上も支援方針上も非常に重要です。
侵入症状を含めた出来事基準の評価には、次のような臨床的配慮が必要です。
評価方法 | ポイント |
半構造化面接 | 標準トラウマ面接(e.g., CAPS-5)などを用いて評価。 |
語りの自然さを重視 | 初期は無理に細かく聞かず、「思い出すとき、どんな感じになりますか?」といったソフトな聞き方で侵入性を探る。 |
身体反応にも注目 | 質問に対する反応(涙、身体のこわばり、黙るなど)も重要な臨床情報。 |
タイミングと関係性の配慮 | 初回からフラッシュバックや詳細なトラウマ内容を話すとは限らない。信頼関係の構築が先。 |
「併存疾患との鑑別や治療適応の評価」
「併存疾患との鑑別や治療適応の評価」は、PTSDや複雑性トラウマ障害に対して適切な治療を選択し、経過を予測するために不可欠なアセスメント領域です。トラウマ体験が明らかになっても、それに関連する精神症状のすべてがPTSDに由来するとは限らないため、慎重な鑑別と全体像の把握が求められます。
- PTSDでは複数の精神疾患が併存していることが一般的であり、単一診断では対応しきれない。
- 治療の出発点として、「何を優先するか(安全か、処理か)」という視点が必要。
- 正確な鑑別と治療適応の評価は、信頼関係の構築、症状の安定化、生活支援の基盤の上に進められるべき。
PTSDは高率で他の精神疾患と併存しますが、特に次のような疾患との併存が多く報告されています。
併存疾患 | 特徴・注意点 |
うつ病・抑うつ症状 | 非常に高頻度。無力感や自責感の訴えが中心となり、トラウマへの侵入的症状が目立たなくなることも。 |
不安障害(パニック障害、社交不安など) | 回避症状や過覚醒がこれらの症状と似ており、誤診のリスクがある。 |
解離性障害 | トラウマ関連障害と極めて密接。現実感喪失や離人感、記憶の断絶などが見られる場合、特に注意。 |
物質使用障害 | フラッシュバックや不眠などの緩和目的での自己投薬的使用が見られることがある。 |
境界性パーソナリティ障害(BPD) | 対人不安・感情不安定性・自傷などが共通。背景に発達早期の複雑なトラウマが存在することが多い。 |
PTSDと他疾患との鑑別には、症状の発症時期、経過、誘因、病前性格、生活背景などの多面的視点が重要です。ここでは例として、うつ病との鑑別を示しますが、ただし、両者が重なるケースも多く、診断を一つに限定することは必ずしも必要ではありません。むしろ、「どの症状がどの障害に由来するか」を整理することが治療計画立案に有益です。
項目 | PTSD | うつ病 |
発症契機 | トラウマ体験 | 明確なストレスがない場合も |
中心症状 | フラッシュバック、回避、過覚醒 | 気分の落ち込み、意欲低下 |
感情の質 | 恐怖、緊張、過敏 | 絶望、無気力 |
夢の内容 | トラウマ関連の悪夢 | 無関係な内容も |
PTSD・C-PTSDと他疾患との鑑別
PTSDやC-PTSDの診断においては、併存疾患との鑑別が不可欠であり、正確な評価は適切な治療選択および予後予測に直結する。
- PTSDと気分障害(うつ病)
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- 共通点:抑うつ気分、興味・喜びの喪失、睡眠障害、集中困難などが両者に認められる。
- 鑑別ポイント:
- PTSDでは症状の起点としてトラウマ体験が明確に存在する。
- PTSDは侵入症状(フラッシュバック、悪夢)や回避、過覚醒などが中心。
- うつ病では自己評価の著しい低下(無価値感)、自責、希死念慮が前景に立つ。
- PTSDと不安障害(パニック障害など)
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- 共通点:過覚醒、回避行動、身体症状(動悸、発汗など)が見られる。
- 鑑別ポイント:
- PTSDは明確なトラウマに由来する侵入・回避症状がある。
- パニック障害は予期しないパニック発作が特徴で、トラウマとは無関係な場合が多い。
- 回避の内容や背景に違いがある(PTSDではトラウマ関連、パニック障害では発作への恐怖)。
- PTSDと解離性障害(離人症、解離性健忘など)
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- 共通点:現実感の喪失、記憶の欠落、自己との乖離感など。
- 鑑別ポイント:
- PTSDでも強いストレス下で一過性の解離が起こることがある。
- 解離性障害はトラウマの有無にかかわらず、持続的な解離体験が主症状であることが多い。
- 離人症は”自分が自分でない”という持続的な感覚が中心で、PTSDの一症状とは異なる臨床像。
- PTSDと転換性障害・身体症状症
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- 共通点:身体症状が精神的ストレスと関連し、症状が無意識的に表出する。
- 鑑別ポイント:
- PTSDでは身体症状(例:過覚醒による筋緊張や疼痛)はトラウマとの連動がみられる。
- 転換性障害は感覚・運動の機能障害(麻痺、失声など)が主で、意識的な操作はない。
- 身体症状症は症状への過度な注意と不安が中心で、トラウマとの直接的関連が乏しい。
C-PTSDと他疾患との鑑別
C-PTSD(複雑性トラウマ障害)は、持続的・反復的な発達期トラウマに関連し、自己感覚や関係性、感情調整の持続的な障害を含む点で、他の精神疾患と鑑別が必要である。
- C-PTSDと境界性パーソナリティ障害(BPD)
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- 共通点:感情不安定性、対人関係の困難、見捨てられ不安、衝動的行動など。
- 鑑別ポイント:
- C-PTSDはトラウマ体験に明確に起因し、自己否定・感情調整困難・人間関係の障害という三徴を特徴とする。
- BPDは対人関係の両価性、恒常的な空虚感、アイデンティティの不安定性、自傷行為の頻度が顕著。
- C-PTSDの症状はより持続的で安定したパターンを示すことが多く、感情の爆発性よりも鈍麻や引きこもり傾向が強い。
- C-PTSDと愛着障害(反応性愛着障害・脱抑制型対人交流障害)
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- 共通点:早期の養育環境の不全と関連した対人関係の問題。
- 鑑別ポイント:
- 愛着障害は主に児童期に診断され、親や養育者との関係性の障害が中心。
- C-PTSDは成人にもみられ、自己概念の破綻や感情調整困難が前景に立つ。
- C-PTSDでは複数のトラウマ体験が報告されることが多く、生活機能障害も広範囲。
- C-PTSDと解離性障害
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- 共通点:解離症状(健忘、離人、現実感喪失)、トラウマとの関連性。
- 鑑別ポイント:
- C-PTSDでは、解離症状は二次的に出現しうるが、自己感覚の持続的な障害、対人関係の困難、感情調整困難の三徴が中心。
- 解離性障害では、特に健忘、交代人格(解離性同一性障害)などが主であり、意識状態の断絶が著しい。
- 解離性障害では、本人が自分の行動を記憶していないなどの訴えが頻発。
トラウマ治療を安全かつ効果的に行うには、次のような「治療適応条件の有無」を評価することが必要です。
治療適応の主な項目 | 評価ポイント |
安定した生活環境の有無 | 現在の生活が危機的である場合(DV継続、住居不安定など)、まずは安全確保を優先。 |
心理的安定性 | 解離、激しい感情変動、自傷などがある場合、トラウマ焦点化治療の前に安定化支援が必要。 |
信頼関係の形成可能性 | 治療者との関係性に極端な不信がある場合、支援関係の構築から開始。 |
自己理解と動機づけ | 治療の目的や意義をある程度理解し、関わる意志があるか。 |
併存症状のコントロール | うつや不安症状が強い場合は、まず症状軽減を図る段階的治療が望ましい。 |
PTSDやC-PTSDと診断された場合でも、直ちにトラウマ焦点化治療に進むとは限らない。次の点を慎重に評価し、治療適応の可否および優先順位を明確にすることが求められる。
① 自殺のリスク評価
- 過去の自殺企図、自傷行為の有無。
- 希死念慮の強度と持続性。
- 社会的支援の有無、孤立の程度。
- トラウマ記憶想起がリスクを高める可能性があるため、治療前の安定化が必要。
② 併存診断の重症度
- 統合失調症、双極性障害、重度うつ病など、トラウマ治療を妨げる疾患の活動性を評価。
- 精神病性症状、極度の衝動性、強迫性症状のコントロール状況。
③ 不眠や悪夢
- 睡眠の質の低下は治療への集中力と耐性を損なう。
- 薬物治療やスリープハイジーン指導など、基礎的介入の先行が必要な場合もある。
④ 精神症状(不安・抑うつ・感情不安定)
- 感情調整が困難な場合、安定化支援やスキルトレーニング(例:DBT, STAIR)が先行することが望ましい。
⑤ アルコール・薬物の乱用
- トラウマ処理への取り組み中に、依存行動が悪化するリスクがある。
- 依存症への介入を優先する必要がある場合、別の治療パスを設計。
PTSDおよびC-PTSDなどのトラウマ関連疾患への治療は、「段階的支援モデル(phase-oriented treatment)」が有効とされ、次の段階に分けられます。この段階のどこに対象者が位置しているかを評価することで、無理のない治療選択が可能になります。
- 目的:患者の心理的安全と機能の確保。
- 方法:
- グラウンディング技法の習得
- 感情調整スキル(例:呼吸法、マインドフルネス)
- 生活リズム・睡眠・食事などの基本的安定
- 支援ネットワークの整備(家族、支援者)
- 自傷・自殺のリスク管理
- 目的:トラウマ記憶の再処理と意味づけ。
- 方法:
- 持続エクスポージャー療法(PE)
- 認知処理療法(CPT)
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)
- 認知行動療法(CBT)
- ナラティブ・エクスポージャーなど
- 留意点:
- 第1段階が不十分な場合、トラウマ焦点化治療は逆効果となる可能性がある。
- 目的:アイデンティティの回復と社会生活への再適応。
- 方法:
- 対人関係スキルの訓練
- 就労支援・生活支援
- 意味の再構築(回復後の人生への展望)
- 支援関係の再定義と自立支援
「標準トラウマ面接の活用と問診技法」
トラウマ臨床においては、単なる聞き取りではなく、心理的安全性に配慮した構造化されたアプローチが不可欠です。そのために重要となるのが「標準トラウマ面接」の知識と、それを活かす実践的な問診技法です。
- 標準トラウマ面接は、安全性を重視しながら構造的に情報を引き出す臨床技法です。
- トラウマの詳細な内容ではなく、「現在の影響」「症状」「日常生活との関係」を丁寧に問うことがポイント。
- 解離や感情の高ぶりにも対応できるスキルと心構えが必要です。
- トラウマ面接では、問い方と聞くタイミングが重要です。
- 解離や感情の高ぶりには、グラウンディングを活用して面接の安全性を保つことが求められます。
- こうした技法は、「安心を築く対話」の一部であると理解し、患者のペースに寄り添う姿勢が最も大切です。
● 定義
「標準トラウマ面接」とは、トラウマ体験とその影響を把握するために体系的に構成された臨床面接のことです。これは、主観的苦痛、回避行動、過覚醒、侵入症状、解離、日常生活への影響などを丁寧に問うもので、臨床的判断のための枠組み(構造)を提供するものです。
● 主な評価ツールの例
名称 | 特徴 |
CAPS-5(Clinician-Administered PTSD Scale for DSM-5) | PTSDの標準面接ツール。症状の有無と重症度を評価。 |
TESI(Traumatic Events Screening Inventory) | 子ども・青年対象。被曝した出来事のリストと心理的影響を確認。 |
SCID-5 PTSDモジュール | 精神疾患の構造化面接に含まれるトラウマ評価パート。 |
CAPS-5(Clinician-Administered PTSD Scale for DSM-5)は、PTSD診断における国際的に最も信頼性の高い半構造化面接ツールですが、著作権上の理由により正式な質問項目・採点表の全文を公開・開示することはできませんが、臨床活用の参考として、CAPS-5の構造と評価の概略を示します。
■ CAPS-5の概要
- 目的:DSM-5に準拠したPTSDの診断と重症度の評価
- 対象:成人(子ども版はCAPS-CA-5)
- 構成:DSM-5の診断基準(B群〜E群)に基づく20の症状項目 + 機能障害評価
■ 主な構成と評価枠組み(概略)
群 | 項目数 | 内容(簡略) |
A基準 | スクリーニング | 命の脅威、重傷、性的被害などの体験 |
B群 | 5項目 | 侵入症状(例:悪夢、フラッシュバック) |
C群 | 2項目 | 回避(思考や状況の回避) |
D群 | 7項目 | 認知・感情の変化(自己評価、罪悪感など) |
E群 | 6項目 | 覚醒・反応性の亢進(怒り、警戒心、不眠など) |
F〜H | 各1項目 | 持続期間、機能障害、除外基準の確認 |
■ 評価の基本フレーム
- 各項目は、頻度(0〜4点) と 強度(0〜4点) を別々に評価
- 合算により症状の「臨床的有意性」を判断(例:頻度2以上 + 強度2以上)
- PTSD診断には、DSM-5の基準(B群からE群で所定数以上の症状)を満たす必要あり
■ 面接の特徴
- 半構造化のため、柔軟なフォローアップ質問が可能
- 対象者の主観的苦痛や機能障害への影響を丁寧に評価する点が重要
- 面接時間:約45〜60分(重症度や併存状態により変動)
■ 使用上の注意
- CAPS-5はトレーニングを受けた臨床専門職(精神科医・臨床心理士等)による実施が推奨されています。
正式版はAmerican Psychological AssociationまたはNational Center for PTSDの申請を通じて入手する必要があります。
トラウマ問診は一般的な医療面接とは異なる倫理的配慮と技術が必要です。
(1)心理的安全性の確保
- 面接の初期では、詳細な体験内容を無理に聞かない。
- 「ここでは、話したくないことは話さなくて大丈夫です」と明言する。
- 情報を得るよりも、「安全な場を提供する」ことを優先。
(2)段階的な聞き方
「何があったか」ではなく、まずは「どのような影響があるか」を確認。
例:
×「そのとき、どんなひどいことをされたのですか?」
〇「今でも思い出すことがありますか? それはどんなふうに感じますか?」
(3)間接的・感覚的なアプローチ
トラウマ記憶は言語よりも感覚記憶として保存されていることが多いため、「どんな場面が思い浮かぶか」「体の反応としてどんな感覚が出るか」といった聞き方が有効です。
(4)信頼関係の構築を優先
- 面接が「評価」であることを伝えすぎると、防衛が強まる可能性がある。
- 「あなたのつらさをより深く理解したい」「支援の方針を一緒に考えるため」と目的を説明。
標準トラウマ面接の実践的な進め方の一例です。
- 面接の目的と進め方を丁寧に説明
- 話したくないことは話さなくてよいと伝える
【導入:信頼と安心感を築く】
- 「今日はどう過ごされていましたか?」
- 「お話しする中で、もしつらくなったら遠慮なく教えてくださいね。途中で休んでもかまいません」
- 「話したくないことは話さなくて大丈夫です。安心できることを大切にしましょう」
- 「これまでにとても怖かったり、身の危険を感じるような出来事を経験されたことはありますか?」と一般的に問う
- 「もし答えたくない場合は遠慮なくそうおっしゃってくださいね」
【体験の有無を探る(オープンな質問)】
- 「これまでの人生で、とても怖い思いをしたり、自分や他人の命が危険だと感じたことはありますか?」
- 「事故や暴力、災害などにあったことはありますか? 見たり聞いたりしただけでもかまいません」
※ポイント:体験の詳細を急がず、まず“有無”を確認する。
- 「その体験を思い出すことがありますか?」
- 「思い出すとき、それはどんなふうに浮かびますか? 映像のようですか? 感覚だけですか?」
- 「そのことで、今も避けている場所や行動がありますか?」
【症状と影響を探る】
- 「その出来事のことを、今でも思い出すことはありますか?」
- 「思い出すとき、それは映像のようだったり、体の感覚として感じることはありますか?」
- 「悪夢を見たり、突然その時のことがフラッシュバックのように浮かぶことはありますか?」
- 「似たような場所や人を避けるようになったことはありますか?」
- 「音に過敏になったり、ちょっとしたことでドキッとすることはありますか?」
- 「普段の生活(仕事・学校・人間関係)に影響を感じることはありますか?」
- 「このことで、学校や仕事、家族関係に何か困っていることはありますか?」
- 「もし手助けできるとしたら、どんなことが一番助かると感じますか?」
【安全性・サポート環境の確認】
- 「今、安心して眠れる場所はありますか?」
- 「支えてくれる人や話せる相手はいますか?」
- 「困ったときに頼れる場所や相談先はありますか?」
【感情や自己認知について】
- 「その出来事について、自分を責めてしまうことはありますか?」
- 「今の自分について、どんなふうに感じていますか?」
トラウマ面接では、解離や情動の急激な変化(涙、フリーズなど)が起きることがあります。これは「面接がうまくいっていない」わけではなく、「安全を感じたことで感情があふれてきた」と理解できます。
- 解離兆候(ぼーっとする、応答が鈍くなる)が見られた場合は、グラウンディング(現実感を取り戻す)の技法を取り入れる。
- 「今、ここ」の感覚に戻れるよう、「私の声が聞こえていますか」「床に足がついている感覚を確かめてみましょう」などの声かけを行う。
グラウンディング技法(解離・情動の高ぶりへの対応)
● グラウンディングとは?
「今・ここ」に注意を向けて、解離(意識がぼんやりする、現実感が失われる)や過剰な情動反応を落ち着かせる技法です。面接中や面接後のケアにも使えます。
【基本の言語的グラウンディング】
- 「私の声が聞こえていますか?」
- 「今、どこにいるか分かりますか? ここは〇〇(場所)です」
- 「今日が何月何日か、わかりますか?」
- 「部屋の中で、赤いものを一つ探してみてください」
▶ 言語を使って、空間・時間・身体感覚を意識させる
【身体感覚への働きかけ】
- 「両足を床にしっかりつけて、その感覚を感じてみましょう」
- 「手をグーッと握ってみて、今その力を感じてみてください」
- 「深呼吸をゆっくり3回して、息の出入りに意識を向けましょう」
▶ 「自分の体に戻る」感覚を取り戻す
【五感グラウンディング(センサリーベース)】
▶ 5-4-3-2-1法(代表的なグラウンディング技法)
- 今見えるものを5つ挙げる
- 今聞こえる音を4つ挙げる
- 今触れている感覚を3つ挙げる
- 今嗅げるにおいを2つ挙げる
- 今味わえる感覚を1つ挙げる
▶ 感覚に焦点を当てることで、現実との接点を回復
- 面接後は、心理的エネルギーの消耗に配慮し、「今日はどんなことが印象に残っていますか?」「少し休んでから帰られますか?」などのフォローが大切。
- 記録には、症状の有無と重症度、語りの質、情動反応、安全性の評価などを含めると、治療計画に役立ちます。
面接後の「情動リセット」ワーク例
- 「今日の面接で少し疲れてしまったかもしれませんが、最後に気持ちを整えて終わりましょう」
- 「少し楽になるイメージを思い浮かべてみてください。安心できる場所や好きな風景でもいいです」
- 「今日のことは、必要なときに思い出し、必要なときに手放すことができます」
「診断基準の変化」
「診断基準の変化」について、特にPTSDとC-PTSDの定義や基準の変遷を中心に解説いたします。
- PTSD診断基準は、「出来事の客観性」と「症状の質」の両面で年々精緻化されている。
- DSM-5では、症状群の明確な区分により侵入症状と一般的な思考の混同を防止。
- ICD-11では、C-PTSDの新設によって、慢性的・関係性のトラウマへの対応が飛躍的に改善。
- 今後の臨床では、「どの分類を使うか(DSM vs ICD)」「PTSDかC-PTSDか」」の見立てが、支援方針の根幹を左右する。
● DSM(アメリカ精神医学会の診断基準)の流れ
版 | 主な特徴 |
DSM-III(1980) | PTSDが初めて正式に導入された。外傷体験を原因とする明確な疾患として位置づけられる。 |
DSM-IV(1994) | 「恐怖・無力・戦慄などの強い情動反応」が体験時に必要とされ、主観的苦痛が重視される。 |
DSM-5(2013) | 診断構造が大幅に変更。トラウマの定義が再検討され、「主観的苦痛」要件が削除される。4つの症状群に分類。 |
● DSM-5におけるPTSDの構成
PTSDは、2つの大きな枠組みから成り立っています。
(1)出来事基準(Criterion A)
- 生命の危機や深刻な傷害、性的暴力に直接遭遇した、目撃した、または近親者などが被害にあったことを知らされた場合。
- 間接的体験(例:警察官、救急隊員など職業上の暴露)も該当。
→ 単なる「つらい経験」「ストレスフルな出来事」は含まれない
→ 「実際の」「切迫した」危機性が求められる
(2)症状基準(B~E群)
症状群 | 内容 |
B群 | 侵入症状(例:フラッシュバック、悪夢、強迫的想起) |
C群 | 回避行動(例:場所、人、会話など) |
D群 | 認知・感情の否定的変化(例:自己否定、持続的な罪悪感) |
E群 | 過覚醒(例:易怒性、警戒心、不眠、集中困難など) |
● DSM-5での変更点の意義
- 出来事基準と症状の厳格な分離:たとえば「思い出してつらい」というだけではB群(侵入症状)には該当しない。フラッシュバックや悪夢といった非随意性・生々しさが必要。
- 症状の細分化(4群化)により、従来以上に鑑別診断や臨床的見立てが精密に。
- 子どもに対する基準も一部柔軟に対応されるようになった。
● ICD-11(WHO, 2018年改訂)での画期的変化
ICD-11では、PTSDと複雑性PTSD(Complex PTSD, C-PTSD)を明確に別個の診断カテゴリとして定義しました。
● PTSD(ICD-11)の診断基準
- トラウマ性出来事の経験(同様に生命・性的・重度被害)
- 3つのコア症状:
- フラッシュバック・悪夢(侵入症状)
- 回避
- 過覚醒
※DSM-5よりシンプルで短期間の介入でも効果を見込めるケースが想定されている。
● C-PTSD(ICD-11)の診断基準
PTSDの全ての症状に加えて、以下の「自己機能への影響」が加わる。
- 感情調整の困難(怒り爆発、感情麻痺など)
- 自己イメージの否定的変化(「自分は無価値だ」「恥ずかしい存在だ」)
- 対人関係の困難(親密な関係の回避、不信、孤立)
→ 長期反復的トラウマ(児童虐待、DV、監禁、拷問など)に多い
→ C-PTSDはパーソナリティ障害や解離性障害と重なりやすい
● 明確な基準によって評価の精度が向上
- 「何がトラウマか」「何が侵入症状か」の判定がより客観的に。
- DSM-5では、症状の非随意性・生理反応の強さが評価の中心。
- ICD-11では、トラウマの複雑性と長期的な対人機能への影響に焦点。
● C-PTSD導入の意義
- 従来「境界性パーソナリティ障害」や「うつ病」と診断されていたケースに、より妥当な診断が可能に。
- トラウマ治療は、PTSDとC-PTSDで治療の構造や段階が異なるため、分類の明確化は臨床上きわめて重要。
PTSDとC-PTSDの比較表
PTSD(心的外傷後ストレス障害)とC-PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害)の違いを、診断基準・症状・原因・治療方針などの観点から比較表です。
PTSD と C-PTSD の比較表(DSM-5/ICD-11を基に作成)
- C-PTSDはDSM-5には明記されていないが、臨床的にはBPD(境界性パーソナリティ障害)や重度の解離症状と誤診されることも多く、ICD-11の分類が非常に有用。
- PTSDとC-PTSDは連続的なスペクトラムとして理解されることも多く、トラウマの複雑性と持続性が鑑別のカギとなります。
分類 | PTSD | C-PTSD(複雑性PTSD) |
診断分類 | DSM-5 / ICD-11 | ICD-11(DSM-5には記載なし) |
主な原因 | 単発的・急性のトラウマ(事故、災害、暴行など) | 長期的・反復的な対人トラウマ(児童虐待、DV、監禁、拷問など) |
トラウマの性質 | 急性で明確な出来事 | 慢性的で逃げられない環境下での繰り返し被害 |
出来事基準 | 命の危険、重傷、性的暴力など | PTSDと同じ出来事基準を含むが、複雑性・持続性が特徴 |
主な症状群 | – 侵入症状(フラッシュバック、悪夢) – 回避行動 – 認知と感情の変化 – 過覚醒(警戒、不眠、怒り) | PTSDの症状 + 以下の3領域の障害: ① 情動調整の困難 ② 否定的自己概念 ③ 対人関係の困難 |
感情の特徴 | 強い恐怖や無力感、怒りなど一時的 | 感情麻痺・怒りの爆発・持続的な羞恥感・罪悪感など |
自己イメージ | 一時的にゆらぐことがある | 根本的に「自分には価値がない」「壊れている」と感じる |
対人関係 | 一部で緊張・回避があるが、基本的な機能は維持される | 人との親密さを避ける/強く依存する/関係が混乱しやすい |
時間的経過 | 比較的短期間でも治療効果が期待される | 長期間にわたる治療が必要(段階的アプローチ) |
鑑別上の留意点 | うつ病、パニック障害、身体化障害など | 境界性パーソナリティ障害、愛着障害、解離性障害と鑑別が必要 |
診断基準の構造 | DSM-5:4症状群(B〜E) ICD-11:3症状群(侵入・回避・過覚醒) | ICD-11:PTSD+3領域(情動調整・自己概念・対人関係) |
代表的治療法 | 認知処理療法(CPT)、持続エクスポージャー療法(PE)、EMDR など | 安全確保→情動調整→トラウマ処理→関係性の再構築という段階的アプローチ(例:STAIR→EMDR) |
治療の難易度 | 一定の構造化された介入で改善が見込まれる | 治療関係の構築に時間がかかり、回避や依存などに配慮が必要 |
機能障害の程度 | 一時的・部分的な社会機能の低下 | 慢性的・広範囲な機能障害が多く、生活全般に影響 |
「治療適応の評価」
PTSDと診断されたとしても、すぐにPTSDに焦点を当てた心理療法(例:トラウマ焦点療法、EMDRなど)を行うことが常に適切とは限りません。「治療適応の評価」では、次のような重要な臨床的リスク因子や併存症状を踏まえて、治療のタイミング・順序・内容を慎重に検討する必要があります。特に重要な5つの項目について解説します。
治療の優先順位の考え方(臨床的判断)
- 生命の安全:自殺・自傷・加害リスクの評価 → 必要な保護対応
- 安定化・安全基地の形成:睡眠、衝動性、薬物使用などの安定
- 情緒調整・対人スキル:トラウマ処理の準備段階(C-PTSDや併存BPDなど)
- トラウマ焦点介入:安全・安定が整った段階で実施
治療適応を判断するための主な評価項目
- ① 自殺の危険(自殺念慮・自殺企図)
-
- PTSD患者では、自殺念慮・自殺企図のリスクが有意に高い(特に複雑性PTSDや重度のうつを併発している場合)。
- トラウマ焦点療法では、一時的に感情の再体験が強まるため、安定化が不十分なまま進めると自殺リスクが増大。
- 評価の観点:
- 最近の自傷行為・自殺企図の有無
- 明確な計画性や手段の所持
- 希死念慮の頻度と持続性
対応方針:
→ 自殺リスクが高い場合は、まず安全確保と情緒安定化の支援を優先。トラウマ焦点療法は慎重に時期を見極める。 - ② 併存診断(うつ病、不安障害、パーソナリティ障害など)
-
- PTSDは高率で他の精神疾患と併存(例:うつ病、不安症群、境界性パーソナリティ障害、強迫症状、解離性障害など)。
- 併存症が優位である場合、PTSDの症状と混在し、臨床像が複雑化。
- 特に、境界性パーソナリティ障害を併存する場合、治療関係の不安定さ・感情調整の困難が顕著。
対応方針:
→ まずは併存症状の影響を評価。情緒調整や対人スキル訓練(例:DBT、STAIR)を先行させることも有効。 - ③ 不眠・悪夢の持続
-
- PTSDの代表的症状として不眠・悪夢があるが、重度の場合は日常機能を著しく損なう。
- 悪夢は治療中の再体験を悪化させる可能性があるため、事前に対処が望ましい。
対応方針:
→ 睡眠評価(入眠障害、中途覚醒、悪夢頻度)を行い、必要に応じて:- 薬物療法(例:プラゾシン、抗うつ薬)
- 認知行動療法 for insomnia(CBT-I)
- 悪夢に特化した治療(IRT: Imagery Rehearsal Therapy)
- ④ 精神症状の重篤さ(妄想、解離、現実検討の障害)
-
- 精神病性症状(幻聴・被害妄想など)が強い場合や、解離症状(離人感、現実感消失)が著しい場合は、トラウマ焦点療法が困難。
- 特にフラッシュバックや感情調整が制御できない状態では、トラウマ処理に耐える心理的リソースが不足している可能性が高い。
対応方針:
→ 精神状態を安定させるため、まずは情緒安定化・グラウンディング技法・薬物調整を行う。必要に応じて入院や保護的環境の調整。 - ⑤ アルコール・薬物などの乱用
-
- アルコール・薬物は一時的な自己治療として用いられることが多いが、トラウマ記憶や感情の処理を著しく妨げる。
- 認知機能や睡眠に影響し、トラウマ治療への集中力が保てない。
- 禁断症状や依存がある場合は、まず依存治療を優先すべき。
対応方針:
→ 精神科や依存症専門機関との連携が必要。断酒・断薬の目処がつくまではトラウマ介入は延期が望ましい。
PTSD治療適応評価チェックリスト(全25項目)
PTSDに焦点を当てた治療の「治療適応評価チェックリスト」です。臨床面接やスクリーニング時に活用できるよう、5つの主要観点に分けて評価できる形式としています。各項目は「はい(1点)/いいえ(0点)」で回答してください。
※合計点が高いほど、治療前に配慮すべきリスクが高いことを示します。
【1】自殺リスク(最大5点)
No. | 項目 | はい | いいえ |
1 | 過去6か月以内に自殺念慮があった | □ | □ |
2 | 自殺の具体的な計画がある | □ | □ |
3 | 自殺未遂の既往がある | □ | □ |
4 | 希死念慮が頻繁に出現している | □ | □ |
5 | 安全を守る家族・支援者がいない | □ | □ |
【2】併存診断の影響(最大5点)
No. | 項目 | はい | いいえ |
6 | うつ病の診断がついている/疑いがある | □ | □ |
7 | 境界性パーソナリティ障害の傾向がある | □ | □ |
8 | 強い不安やパニックが日常的にある | □ | □ |
9 | 解離症状(離人感・現実感喪失など)が頻繁にある | □ | □ |
10 | 認知や注意力が著しく低下している | □ | □ |
【3】不眠・悪夢の影響(最大5点)
No. | 項目 | はい | いいえ |
11 | 入眠困難が週4回以上ある | □ | □ |
12 | 悪夢で夜間に目覚めることが頻繁にある | □ | □ |
13 | 睡眠不足により日中の活動に支障が出ている | □ | □ |
14 | 睡眠薬などに依存している | □ | □ |
15 | 悪夢がトラウマ体験の内容に関連している | □ | □ |
【4】精神状態の安定性(最大5点)
No. | 項目 | はい | いいえ |
16 | フラッシュバック時に現実検討が困難になる | □ | □ |
17 | 感情のコントロールが著しく困難である | □ | □ |
18 | 被害妄想や幻覚などの精神病症状がある | □ | □ |
19 | トラウマについて話すとパニックや解離が起きる | □ | □ |
20 | カウンセリング継続が困難なほど情緒が不安定 | □ | □ |
【5】アルコール・薬物の使用(最大5点)
No. | 項目 | はい | いいえ |
21 | アルコールをほぼ毎日摂取している | □ | □ |
22 | 感情の調整やフラッシュバックの回避に飲酒を使う | □ | □ |
23 | 薬物使用の既往や現在の使用がある | □ | □ |
24 | 飲酒や薬物によって記憶が飛んだことがある | □ | □ |
25 | 断酒・断薬に抵抗がある/支援が不十分 | □ | □ |
評価と目安
合計スコア | 評価と対応方針 |
0〜5点 | 治療開始に特に問題なし。トラウマ焦点治療を検討可能。 |
6〜10点 | 注意が必要。安定化支援(グラウンディング、睡眠支援)と並行して判断。 |
11〜15点 | トラウマ治療は慎重に。まずはリスクへの介入と情緒調整が優先。 |
16~25点 | 治療の適応なし。自殺リスク、安全確保、依存症支援などが最優先。段階的介入が必須。 |
臨床記録にそのまま貼れるテンプレート
臨床記録にそのまま貼り付けて使えるテンプレート形式に整えた「PTSD治療適応評価チェックリスト」です。紙カルテ・電子カルテいずれにも対応できるよう、簡潔かつ項目分類も明示しています。
【PTSD治療適応評価チェックリスト(臨床記録用テンプレート)】
■ 評価日:__年__月__日
■ 評価者:_________
■ 対象者ID(イニシャル可):_______
【1】自殺リスク(該当数:__ / 5)
- □ 自殺念慮がある(過去6か月以内)
- □ 自殺の具体的な計画あり
- □ 自殺未遂の既往あり
- □ 頻繁な希死念慮あり
- □ 安全を守る支援者がいない
【3】不眠・悪夢の影響(該当数:__ / 5)
- □ 入眠困難が週4日以上ある
- □ 悪夢での覚醒が頻繁にある
- □ 睡眠不足で日常生活に支障がある
- □ 睡眠薬などに依存傾向あり
- □ 悪夢がトラウマ体験と関連している
【5】アルコール・薬物の使用(該当数:__ / 5)
- □ アルコールをほぼ毎日摂取している
- □ 感情調整目的での飲酒・薬物使用あり
- □ 現在または過去に薬物使用歴あり
- □ 飲酒・薬物使用で記憶喪失を経験
- □ 断酒・断薬に対する抵抗がある/支援不足
【2】併存診断の影響(該当数:__ / 5)
- □ うつ病の診断/疑いあり
- □ 境界性パーソナリティ傾向あり
- □ 強い不安やパニック発作あり
- □ 解離症状が頻繁に出現
- □ 認知・注意機能に著しい障害あり
【4】精神状態の安定性(該当数:__ / 5)
- □ フラッシュバック時の現実検討が困難
- □ 感情調整の著しい困難あり
- □ 幻聴・被害妄想などの精神病症状あり
- □ トラウマ話題でパニック・解離が誘発される
- □ 面接継続困難なほど情緒不安定
■ 合計スコア:__ / 25点
(0〜5点:治療開始可能|6〜10点:安定化支援と併行検討|11〜15点:段階的介入が必要|16点以上:治療適応なし・安全確保優先)
■ 所見・コメント:
PTSDとC-PTSDの臨床面接での見分けに役立つチェックリスト
PTSDとC-PTSDの臨床面接での見分けに役立つチェックリスト50項目です。DSM-5およびICD-11の診断基準に基づき、PTSDの中核症状(侵入・回避・過覚醒)と、C-PTSDの追加症状(情動調整、自己概念、対人関係)に整理されています。
№ | PTSD / C-PTSD 見分けのためのチェックリスト(全50項目) |
---|---|
【A. 出来事基準】(1~5) | |
1. | 生命が脅かされる、または重傷・性的暴力を伴う出来事に遭った |
2. | その場に居合わせて直接目撃した |
3. | 親しい人がそのような出来事に遭ったと聞いた |
4. | 仕事上の繰り返される曝露がある(救急医療、警察など) |
5. | その出来事は1回限りではなく、長期間・反復的に起きた |
【B. 侵入症状】(6~10) | |
6. | フラッシュバックがある |
7. | 悪夢にその出来事が繰り返し出てくる |
8. | 思い出したくなくても突然記憶が蘇る |
9. | トラウマのことを思い出すと身体的に反応(心拍上昇など)する |
10. | 映像や感覚としてリアルに当時の体験が甦る |
【C. 回避症状】(11~15) | |
11. | その出来事に関する話や考えを避ける |
12. | 出来事を思い出させる場所や人、状況を避けている |
13. | 回避している自覚がある |
14. | トラウマ関連の記憶が抜け落ちている部分がある |
15. | 思い出しそうになると強い不安やパニックが起きる |
【D. 認知・感情の変化】(16~22) | |
16. | 自分に対して強い罪悪感や恥の感情を抱いている |
17. | 以前は興味のあった活動への関心がなくなった |
18. | 世界や他人に対して強い不信感を抱いている |
19. | 感情が麻痺しているように感じる |
20. | 「自分は壊れている」「人間として価値がない」と感じる |
21. | 極端な自己否定の考えが続いている |
22. | 出来事以降、慢性的にうつ的気分が続いている |
【E. 過覚醒症状】(23~27) | |
23. | 常に警戒している感じがする(過剰な警戒心) |
24. | ちょっとした音や刺激に驚きやすい |
25. | 怒りっぽく、感情が爆発することがある |
26. | 寝つきが悪い/眠りが浅い |
27. | 集中力が続かない |
【F. 情動調整困難(C-PTSD)】(28~34) | |
28. | 感情が極端に高ぶる(怒り、涙など)のを抑えられない |
29. | 感情を感じにくく、麻痺していると感じる |
30. | 自傷や過剰な飲酒・摂食などの衝動的行動がある |
31. | 長期間、慢性的な空虚感がある |
32. | 感情がコントロールできず人間関係が壊れる |
33. | 急に無表情になったり、自分がいないような感覚になる |
34. | 感情に一貫性がなく、急に切り替わる |
【G. 否定的自己概念(C-PTSD)】(35~40) | |
35. | 自分は無価値な人間だと思う |
36. | 「生きていてはいけない存在だ」と感じることがある |
37. | 自分のことを好きだと思えない |
38. | 自分がトラウマを「引き寄せた」と感じている |
39. | 他人に自分の弱さを見せてはいけないと常に思っている |
40. | 自己評価が著しく低く、他者の期待に過剰適応しがち |
【H. 対人関係の困難(C-PTSD)】(41~47) | |
41. | 親しい関係を築くのが非常に難しい |
42. | 他人を信頼するのが怖い/できない |
43. | 自分から人間関係を断ち切ってしまうことが多い |
44. | 過剰に相手に依存してしまう傾向がある |
45. | 人間関係で繰り返し傷つくパターンがある |
46. | 相手の反応を常に気にし過ぎて疲れてしまう |
47. | 孤立している感覚が長期間続いている |
【I. 機能障害・生活への影響】(48~50) | |
48. | 日常生活・仕事・学業に支障が出ている |
49. | 長期にわたり生活機能が回復していない |
50. | 支援があっても生活改善が難航している |
評価(スクリーニング目的)
- 各「はい」に対して1点を与えます。
- 合計点を計算してください。(合計最大50点)
合計点 | 解釈 |
---|---|
0-15点 | PTSD/C-PTSDの可能性は低いが、状況によっては留意を要す |
16-25点 | PTSDの可能性があり、詳細な評価が必要 |
26-35点 | PTSDが強く疑われ、治療的支援の検討を推奨 |
36-50点 | C-PTSDの可能性が高い。複雑トラウマを想定し、段階的な治療計画を要する |
臨床応用のポイント |
PTSD中心:項目6〜27あたりで得点が高い |
C-PTSD中心:28〜47の項目で得点が高く、慢性的/関係性トラウマの兆候がある |
PTSD面接フォーマット(臨床応用・簡易版)
DSM-5の診断基準とCAPSの構造に準じた非公式な問診用テンプレートです。
【基本情報の確認】 | |
面接日: | |
面接者: | |
被面接者氏名/ID: | |
年齢・性別: | |
主訴: |
№ | PTSD面接フォーマット(臨床応用・簡易版) |
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【A基準:トラウマ体験の有無】 | |
1. | 生命の危険、重症、または性的暴力を伴う出来事を経験しましたか?(直接的・目撃・間接的含む) |
2. | その出来事を簡単に説明できますか? |
3. | それは一度きりの体験ですか?繰り返しありましたか? |
【B群:侵入症状】(各質問に対して頻度と強度を確認) | |
1. | その出来事が突然、映像や感覚としてよみがえることがありますか?(フラッシュバック) |
2. | その体験の夢を見ることがありますか?(悪夢) |
3. | その出来事に関する苦痛な記憶が繰り返し浮かんできますか? |
4. | その記憶が身体的苦痛(動悸・発汗など)を伴うことがありますか? |
5. | 何かがきっかけで突然その体験を思い出してしまうことがありますか? |
【C群:回避】 | |
6. | その出来事を思い出さないように避けていることはありますか?(会話、考えなど) |
7. | 出来事を連想させる場所、人、状況などを避けていますか? |
【D群:認知と感情の否定的変化】 | |
8. | 出来事以降、自分自身や世界に対する否定的な考え方が強くなりましたか? |
9. | 過度な罪悪感、恥、自己非難を感じますか? |
10. | 大事な記憶の一部を思い出せないことがありますか? |
11. | 興味や関心を失った活動がありますか? |
12. | 他人に対して疎外感や孤立感を感じますか? |
13. | 喜びや愛情などの肯定的感情が感じにくくなっていますか? |
14. | 感情の幅が狭くなったように感じますか? |
【E群:覚醒と反応性の亢進】 | |
15. | ささいな刺激に驚きやすくなりましたか? |
16. | 神経が張りつめている感じが続いていますか?(警戒心) |
17. | 怒りが抑えられなくなることがありますか? |
18. | 自己破壊的行動(過度な飲酒、無謀運転など)がありますか? |
19. | 集中が難しくなっていますか? |
20. | 入眠困難、中途覚醒、悪夢などの睡眠障害がありますか? |
【F~H基準:機能障害・持続期間・除外】 | |
21. | 上記の症状は1ヶ月以上続いていますか? |
22. | これらの症状により、日常生活(仕事、人間関係など)に支障がありますか? |
23. | 薬物・身体疾患・他の精神疾患によるものではないと考えられますか? |
【評価方法】(非公式推奨)
- 各質問について、以下の2点を評価する:
- 頻度:0(なし)〜4(ほぼ毎日)
- 項目ごとの合算、または基準に達する項目数により診断可否を判定
【使用上の注意】
- このフォーマットは参考用であり、正式な診断には訓練を受けた専門家がCAPS-5正式版を用いて行う必要があります。
- 面接中はグラウンディング技法や休憩など、安全確保を優先してください。