
失体感症(アレキシソミア)
失体感症(アレキシソミア/Arexisomia)とは、疲労感、緊張感、身体疾患症状など身体感覚への自覚や気づきが乏しいという心身の特徴を示します。この特徴は、身体感覚の認識や表現が困難な状態であることを指していて、不適応的な外部環境や自己の適切な対処ができない状態です。この状態が進行すると、身体のホメオスタシス(生理的な安定性) に影響を及ぼす可能性があり、体調不良や空腹感など体内環境を一定に保つための恒常性を維持する感覚にも気づかず、自律神経・内分泌・免疫系 などに影響が及ぶこともあります。
このように失体感症は、身体の異常を認識しにくいために、この調整機能に悪影響が出ることになります。
失体感症の分類アレキシソミア、または(アレキシサイミア / Alexithymia)には、大きく分けて 2つのタイプがあり、一次性アレキシサイミア/ アレキシソミアは、生まれつきの特性で発達的要因が関与していて、自閉スペクトラム症(ASD)との関連が指摘されています。また、二次性アレキシサイミア/アレキシソミア は、過去のトラウマや心理的ストレスなどによって後天的に発生すると言われ、例えば心的外傷後ストレス障害(PTSD)や解離性障害などと関連することが多いとされています。
失体感症(アレキシソミア)とホメオスタシスの関係
失体感症(アレキシソミア) は、身体感覚の認識や表現が困難な状態 を指します。この状態が進行すると、身体のホメオスタシス(生理的な安定性) に影響を及ぼす可能性があります。
ホメオスタシス(恒常性)とは、体内環境を一定に保つための調整機能 であり、自律神経・内分泌・免疫系 などが関わっています。
失体感症の人は、身体の異常を認識しにくいために、この調整機能に悪影響が出る ことがあります。
失体感症がホメオスタシスに影響する具体的なメカニズム
- 自律神経系の乱れ
-
ホメオスタシスの維持には、自律神経(交感神経・副交感神経)のバランスが重要です。
しかし、失体感症の人はストレス反応を身体で感じ取りにくいため、自律神経が適切に調整されにくくなる ことがあります。影響の例:
- ストレスを自覚しないまま交感神経が過剰に働き続ける(慢性的な緊張状態)
- 副交感神経がうまく機能せず、リラックスできずに疲労が蓄積する
- 自律神経失調症のような症状(めまい、動悸、胃腸の不調)が出る
- 内分泌系(ホルモンバランス)の影響
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自律神経と密接に関わる内分泌系(ホルモン調整) も影響を受けます。
例:
- ストレスホルモン(コルチゾール)が慢性的に分泌 → 免疫力の低下、疲労感の増大
- 幸せホルモン(オキシトシン、セロトニン)の減少 → 抑うつ傾向、不安の増加
- 血糖値の調整が乱れる → 低血糖や過食のリスク
ポイント
失体感症の人は、ストレスによるホルモン変化に気づかず、無意識に身体へ負担をかける ことがあります。 - 免疫系の低下
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ホメオスタシスが崩れると、免疫機能にも悪影響 が出ます。
例:
- ストレスに気づかず、免疫が低下 → 風邪をひきやすい、アレルギー反応が強まる
- 自律神経の乱れが腸内環境に影響 → 腸内細菌バランスの崩れ、下痢や便秘が続く
- 身体の警告サインを無視しやすい
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通常、身体が不調になれば「休む」「ケアする」などの行動を取る ことができますが、失体感症の人はそのサインを感じにくいため、無理を続けてしまう 傾向があります。
例:
- 疲労感やストレスに気づかず働き続ける → 慢性疲労症候群、バーンアウト(燃え尽き症候群)
- 痛みに鈍感なため、病気の発見が遅れる → 胃潰瘍、糖尿病、高血圧の悪化
「失感情症(失体感症の一部を含む):アレキシサイミア」を提唱した人物とその経緯
「失感情症(池見酉次郎が提唱する失体感症の一部の症状を含む):アレキシサイミア / Alexithymia」は、ギリシャ系アメリカ人の精神科医 ピーター・E・シフネオス(Peter Emanuel Sifneos, 1920–2008) によって提唱されました。シフネオスはハーバード大学医学部で教授を務め、特に心身症(psychosomatic disorders)に関する研究を行っていました。
概念の提唱と経緯
シフネオスは、心身症の患者の臨床研究を行う中で、ある共通した特徴を持つ患者群を発見しました。これらの患者は、身体的な症状(例えば胃痛や頭痛など)は訴えるが、自分の感情や内面について適切に表現することが極端に苦手 であることがわかりました。
当時、精神医学の分野では、心身症は未解決の心理的葛藤が身体症状として表れるもの だと考えられていました。しかし、シフネオスは、「心身症の患者の多くは心理的な葛藤そのものを認識する能力が低いのではないか」という仮説を立てました。
1973年、シフネオスはこの現象を「Alexithymia(アレキシサイミア)」 と命名しました。この語は、ギリシャ語の a-(無い) + lexis(言葉) + thymos(感情) に由来し、「感情を言葉にできない状態」を意味します。
論文では、アレキシソミアの特徴として次の4点を挙げています。
- 感情を識別するのが困難(自分の感情がよくわからない)
- 感情を言葉で表現するのが困難
- 想像力や空想の欠如(比喩的な表現や創造的な思考が少ない)
- 外的出来事に注意を向ける傾向が強い(内面的な感情より、現実的・実際的なことに関心が向く)
その後の発展と研究
シフネオスの研究では、アレキシサイミアの特徴を持つ人は、ストレスを適切に処理できず、それが身体的な症状として現れやすいことが指摘されました。このことから、「アレキシサイミアは心身症の一因である可能性が高い」 という理論が発展しました。
1970年代以降、アレキシサイミアの概念は、うつ病、不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、自閉スペクトラム症(ASD)などの領域でも研究されるようになりました。特に、トラウマを経験した人が感情を麻痺させることでアレキシサイミアのような状態になることがある という発見は、臨床的に重要な知見となりました。
1980年代には、アレキシサイミアを測定するための尺度として「トロント・アレキシサイミア尺度(TAS:Toronto Alexithymia Scale)」 が開発され、臨床や研究の場で広く使用されるようになりました。
シフネオスの発見は、単なる「感情表現の乏しさ」ではなく、「感情そのものを認識する能力の低さ」 に着目した点で革新的でした。現在では、アレキシサイミアは精神医学・心理学のさまざまな分野で研究が進められています。
池見酉次郎による「失体感症」の提唱
日本では、1979年に池見酉次郎(いけみ ゆうじろう, 1927–2008)が「失体感症」という日本語訳を提唱 しました。
池見は、日本における心身医学の先駆者であり、特に心身症(psychosomatic disorders)の研究に貢献した医師・研究者です。シフネオスの研究をもとに、日本語での概念整理を行い、失感情症(Alexithymia)に対応する形で「失体感症(アレキシソミア/Arexisomia)」という名称を導入 しました。
池見は、シフネオスの感情言語症の「感情を言葉にできない状態」という定義をさらに発展させ、次の点を重視しました。
- 体の不調を訴えるが、感情を認識できない・表現できない
- 感情処理の障害が、身体症状として現れる(特に心身症と関連)
- 疲労感や体調不良、または恒常性を維持する感覚に気づかない
- 外部環境や身体の適切な体調管理が困難であり、危険にさらす可能性がある
アレキシサイミア(Alexithymia)という概念自体は、1973年にシフネオスが提唱しましたが、日本においては池見酉次郎が1979年に「失体感症(Arexisomia)」を提唱し、日本の心身医学の枠組みの中で概念を発展させた という流れになります。
項目 | ピーター・E・シフネオス(1973年) | 池見酉次郎(1979年) |
概念の提唱 | 「失感情症(Alexithymia/アレキシソミア)の概念を初めて定義 | 「失体感症(Arexisomia/アレキシソミア)」という日本語訳を提唱し、日本の文脈で研究を発展 |
主な研究分野 | 心身症・精神医学・心理学 | 心身医学・精神神経学 |
研究の中心 | 感情の認識・表現の障害 | 感情の認識・表現の障害と身体症状の関連 |
影響 | 国際的な精神医学・心理学で広まる | 日本の心身医学・心理学で広まる |
訳語 | 主に使われた時期・地域 | 意味のニュアンス |
失体感症(アレキシソミア) | 1979年に池見酉次郎が提唱(日本) | 「体感(身体感覚)を失う」というニュアンスがあり、身体的な症状との関連を重視 |
失感情症(アレキシサイミア) | 一部の文献や研究者が使用(日本) | 「感情を失う」または「感情の自覚ができない」というニュアンスで、心理的要素を強調 |

失体感症(アレキシソミア)と「失感情症(アレキシサイミア)」との関連
失感情症(アレキシサイミア)は「感情の認識・表現の困難」であり、失体感症(アレキシソミア)は「身体感覚の認識・表現の困難」ということになります。失感情症の人は身体症状としてストレスを表しやすく、失体感症があるとその症状すら自覚しにくい症状となります。
- 失感情症(アレキシサイミア/Alexithymia)
→ 感情を認識し、言語化することが困難な状態 - 失体感症(アレキシソミア/Alexisomia)
→ 身体感覚(特に情動に関連する身体的変化)を認識し、適切に表現することが困難な状態
失感情症(アレキシサイミア)を持つ人の多くが、同時に失体感症(アレキシソミア)の一部を伴うことが多いとされています。これは、感情を適切に認識・表現できないことが、身体感覚の認識・表現の困難さとも関連するためです。
特徴 | 失感情症(アレキシサイミア) | 失体感症(アレキシソミア) |
主な障害 | 感情の認識・言語化の困難 | 身体感覚の認識・表現の困難 |
症状 | 自分の感情が分からない、感情を表現しづらい | ストレスや情動の身体症状を感じにくい・説明しにくい |
心理的影響 | 感情鈍麻、対人関係の困難 | 身体感覚の鈍麻、不定愁訴の増加 |
身体的影響 | 心身症リスク(高血圧、胃潰瘍など) | 身体症状の自覚の欠如、慢性痛の悪化 |
失感情症の人は、感情を言語化・表現する能力が低いため、ストレスや不安を身体症状として表出しやすい特徴があります。例えば、「悲しい」や「イライラする」 という感情を認識できないため、代わりに「胃が痛い」「頭が重い」という形で表れることが多くなります。
しかし、失体感症を伴う場合、この身体症状すら自覚しにくくなり、適切な対処ができなくなる 可能性が高まります。
身体感覚を認識できないことが、感情の認識の困難さにつながることもあります。通常、私たちの感情は 「身体反応」(心拍の上昇、汗をかく、胃がキリキリするなど)と密接に関係しています。
しかし、失体感症の人はこれらの身体的なサインを認識できないため、「怒っているのか」「不安なのか」すら分からない という状況が生じやすくなります。
発達障害(特に自閉スペクトラム症(ASD))の人は、感情処理や自己認識の困難さ から、失感情症や失体感症の傾向を持ちやすい とされています。
- ASDの人は感情処理が苦手な傾向があり、失感情症(アレキシサイミア)のリスクが高い
- 感情の処理がうまくできないため、ストレスが身体症状として現れやすい(失体感症と関連)
- 結果として、心身症や慢性疲労、不定愁訴(原因不明の体調不良)を訴えることが多くなる
失体感症のセルフチェックリスト
失体感症は、身体感覚への気づきの低下や過剰適応によって、心身の健康に影響を及ぼす可能性があります。このチェックリストを活用し、自分の身体への気づきを高め、適切な健康管理を行うことが大切です。
次の30の質問に対して、「全く当てはまらない(0点)」から「非常に当てはまる(4点)」の5段階で評価してください。
0点:全く当てはまらない
1点:ほとんど当てはまらない
2点:どちらともいえない
3点:やや当てはまる
4点:非常に当てはまる
№ | 失体感症(アレキソミア)セルフチェックリスト30問 |
---|---|
1. | 自分の体調が悪くても、気づくのが遅れることが多い。 |
2. | 空腹や喉の渇きを感じにくいことがある。 |
3. | 体調が悪くても、どこが具体的に悪いのか説明できない。 |
4. | 疲れていても「まだ大丈夫」と思い込んでしまうことがある。 |
5. | 痛みや違和感を感じても、気にせず放置してしまう。 |
6. | 体の不調を感じても、誰かに伝えたり相談することが少ない。 |
7. | 風邪や病気になってから初めて「体調が悪かった」と気づくことが多い。 |
8. | 体の異常があっても、それがストレスや疲労と関係していると考えないことが多い。 |
9. | 体調を崩しても「気のせい」と思い込んでしまうことがある。 |
10. | 自分の体調変化に対する注意力が低いと感じる。 |
11. | 休息が必要とわかっていても、仕事や家事を優先してしまう。 |
12. | 体調が悪くても、人に迷惑をかけたくないため無理をしてしまう。 |
13. | 疲れを感じても、気にせず活動を続けることが多い。 |
14. | 仕事や家事のスケジュールを優先し、体調管理を後回しにしてしまう。 |
15. | 休息を取ることに罪悪感を感じることがある。 |
16. | 無理をし続けても、どこかで「自分は大丈夫」と思ってしまう。 |
17. | 風邪をひいても、病院に行かず自己判断で対応することが多い。 |
18. | 体の不調があっても「気合で乗り切ろう」と考えてしまう。 |
19. | ストレスがたまっても、それを自覚しにくい。 |
20. | 体調不良であっても、周囲の期待に応えようとして頑張りすぎることがある。 |
21. | 日常的に運動やストレッチをする習慣がない。 |
22. | 生活リズムが乱れても、自分では問題ないと感じることが多い。 |
23. | 定期的に健康診断や体調チェックを行うことが少ない。 |
24. | ストレス発散の方法がわからない、または意識していない。 |
25. | 食事のバランスを考えずに食べることが多い。 |
26. | 睡眠不足でも特に気にせず過ごしてしまう。 |
27. | 体の疲れやコリを感じても、特にケアをしない。 |
28. | 自然環境(天候・季節の変化など)による体調の変化をあまり意識しない。 |
29. | 体の調子に合わせた生活習慣の調整が苦手である。 |
30. | 健康を意識した行動(運動、食事管理、休息)をとることが少ない。 |
評価
- 合計点を計算してください。
合計点 | 失体感症の評価 |
---|---|
0-29点 | (低リスク) 失体感症の傾向は低い。身体感覚への気づきが良好であり、健康管理も適切に行えている。 |
30-59点 | (中リスク) 軽度の失体感症の傾向あり。身体のサインに対する気づきがやや鈍い可能性がある。適度な休息やセルフケアを意識すると良い。 |
60-89点 | (高リスク) 失体感症の傾向が強く、無理をしすぎたり体調を把握しにくい状態が続いている可能性がある。意識的に体調をチェックし、休息や健康管理の習慣を見直す必要がある。 |
90-120点 | (重度リスク) 失体感症の特徴が顕著で、体調管理が困難になっている可能性が高い。過剰な無理をせず、医療機関や専門家のサポートを受けることを検討することを推奨。 |
失体感症尺度(shitsu-taikansho-scale, STSS)
失体感症尺度(shitsu-taikansho-scale, STSS)は、池見酉次郎の研究を整理し、失体感症を評価するための自己記入式質問紙法で、2012年、有村達之、岡孝和、松下智子の3人によって作られました。
(1)体感同定困難 (difficulty of identifying bodily feelings, DIB)、
(2)過剰適応 (over-adaptation, OA)、
(3)体感に基づく健康管理の欠如 (Lack of health management based on bodily feelings, LHM)
の3つのサブスケールから構成されます。
失体感症尺度(体感への気づきチェックリスト)の開発の論文で発表されています。