解離性神経学的症状障害/解離性障害群の6障害の臨床症状と病因・病態
解離性障害(Dissociative Disorders)は、自己の意識、記憶、アイデンティティ、感覚、行動などの統合が損なわれる精神疾患の一群です。解離は通常、幼少期の虐待や家庭内暴力、戦争、事故などのトラウマ対する防衛機制として発生する場合や、強いストレスが引き金となることもあります。例えば、重要な個人情報や出来事を思い出せない解離性健忘や自分や現実が非現実的に感じられる離人感・現実感喪失、複数のアイデンティティが交代で意識を支配する解離性同一性障害などがあります。
近年の研究では、脳の機能的ネットワークの異常が関連していることが明らかになりつつあります。今後、神経生理学的な研究の進展が、より効果的な治療法の確立に役立つと期待されています。
解離症群/解離性障害群は、DSM-5(2013年)における解離性障害の分類とICD-11(2022年改訂)における分類では次のように違いがありますので、変更内容を解説します。
- ICD-11では「解離性神経学的症状障害(Dissociative Neurological Symptom Disorder, DNSD)」が明確に定義され、身体症状との関連が強調された。
→ これはDSM-5の「転換性障害(機能性神経症状症)/Conversion Disorder」に相当し、麻痺や発話障害などの神経学的な症状を示すが、医学的説明がつかない。 - ICD-11では「急性ストレス性解離(Acute Stress Dissociation)」が独立したカテゴリーとして追加された。
→ PTSDや急性ストレス障害と関連して、短期間の解離症状を示すケースが明確に分類された。 - DSM-5では解離性遁走が解離性健忘に含まれるが、ICD-11では明確に区別されていない。
→ DSM-5と同様だが、「解離性遁走(Dissociative Fugue)」が独立した診断名ではなく、この中に含まれる。 - その他の特定される解離症(Other Specified Dissociative Disorder, OSDD)
→ DSM-5と類似するが、ICD-11ではDNSD(神経学的症状を伴う解離)も含まれる。
項目 | DSM-5 | ICD-11 |
---|---|---|
解離性同一性障害(DID) | あり | あり(大きな違いなし) |
解離性健忘 | あり(解離性遁走を含む) | あり(解離性遁走は独立した診断ではない) |
離人感・現実感喪失障害 | あり | あり |
転換性障害 / 解離性神経学的症状障害 | 転換性障害(機能性神経症状症)として分類 | 解離症群に含まれる(DNSDとして) |
急性ストレス性解離 | PTSDの一部として考えられることが多い | 独立した診断カテゴリーとして定義 |
その他の解離性障害 | OSDD、UDDとして分類 | OSDDに加え、DNSDが含まれる |

解離性健忘症(Dissociative Amnesia)
解離性健忘(Dissociative Amnesia)は、主に ストレスやトラウマに関連する記憶喪失 を特徴とする解離性障害の一種です。脳の器質的損傷(例:脳卒中、頭部外傷)による健忘とは異なり、心理的要因によって記憶が失われる ことが特徴です。
解離性健忘の記憶喪失は、特定の期間に限られる局所健忘、過去全体が消える全般性健忘、特定の情報のみが失われる特異的健忘の3種類があります。また、これに伴う解離症状として、離人感(自分が自分でない感覚)、現実感喪失(周囲が現実ではない感覚)、解離性フラッシュバック(トラウマ的記憶の再体験)が見られることがあります。
解離性健忘は、心理的ストレスやトラウマへの防衛反応として発生するため、治療には心理療法(認知行動療法、トラウマフォーカスト療法など)が有効です。
主要症状
- 記憶の喪失(Amnesia)
-
解離性健忘には、失われる記憶の範囲や特徴によって主に次の3種類があります。
- 局所健忘(局在性健忘、Localized Amnesia)
-
- 特定の期間や出来事に関する記憶が欠落する。
- 典型的には、トラウマとなる出来事(例:事故、虐待、暴力など)が起こった時間帯の記憶だけが失われる。
- 例:「昨日の夜、何があったのか全く思い出せない。」
→ その時間帯に強いストレスがあった場合、それに関する記憶のみが消える。
- 全般性健忘(Generalized Amnesia)
-
- 自分の人生の広範囲にわたる記憶が失われる。
- 自身の名前、家族、過去の経験など、個人的な情報を含む。
- 非常に稀なタイプだが、突然、過去のすべての記憶が失われ、自分が誰であるかも分からなくなるケースがある。
- 例:「目が覚めたら、自分が誰なのか、どこにいるのか分からない。」
- 特異的健忘(系統的健忘、Selective or Systematized Amnesia)
-
- ある特定の情報やカテゴリーに関する記憶だけが抜け落ちる。
- 例えば、「自分が虐待を受けた記憶」や「特定の人物に関する記憶」だけが抜け落ちる。
- これは、本人が無意識に心理的ストレスを回避しようとする防衛機制の一種と考えられる。
- 例:「子供の頃の家族の記憶は覚えているが、虐待を受けた時期の記憶だけが全くない。」
- 解離症状(Dissociative Symptoms)
-
解離性健忘を抱える人の中には、記憶喪失だけでなく、自己と現実感に関する異常な体験(解離症状)が見られることがあります。
- 離人感(Depersonalization)
-
- 自己が自分自身から切り離されているように感じる状態。
- 自分の体や感情を外側から見ているような感覚。
- 「自分が自分ではない」「ロボットのように動いている」「鏡の中の自分が別人のように見える」などの感覚がある。
- 例:「自分が話しているのに、まるで他人の声を聞いているような感覚になる。」
- 現実感喪失(Derealization)
-
- 外の世界が現実ではないように感じる状態。
- 周囲の人々や環境がぼやけて見えたり、夢の中にいるような感覚。
- 例:「街を歩いているのに、まるで映画の中の景色を見ているように現実味がない。」
- 解離性フラッシュバック(Dissociative Flashbacks)
-
- 過去のトラウマ的記憶が、現在の現実と区別がつかないほど鮮明に再体験される。
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)と関連することが多いが、解離性健忘でも見られることがある。
- フラッシュバック中は、視覚・聴覚・身体感覚がリアルに再現され、まるでその時に戻ったかのような感覚になる。
- 例:「突然、過去の虐待の記憶が蘇り、今まさにその場にいるような感覚になる。」
- 機能の障害
-
- 日常生活や社会生活に支障をきたす
- 感情の鈍麻や過敏性(記憶喪失による混乱)
- 抑うつ・不安の合併(特にトラウマ関連)
疫学・病因病態(Epidemiology & Pathophysiology)
ICD-11の解離性健忘の診断基準
- 重要な個人的情報や過去の出来事を思い出せない(健忘)
- 記憶喪失は器質的な脳損傷や薬物、神経疾患によるものではない
- 強いストレスやトラウマの後に発症することが多い
- 日常生活や社会的・職業的機能に大きな支障をきたす
- 他の精神疾患(例:統合失調症、双極性障害)によるものではない
※ 「解離性遁走(Dissociative Fugue)」 はICD-10では独立した診断だったが、ICD-11では解離性健忘のサブタイプとして分類された。
経過・予後(Course & Prognosis)
- 発症は 突然 であり、トラウマ後に急激に記憶喪失が生じる
- 短期間(数日〜数週間)で回復することもあるが、慢性化するケースもある
- 記憶が戻る際に フラッシュバックや情動不安定 を伴うことがある
- 一過性で回復するケースが多い
- 長期間持続する場合、重度のPTSDや解離性同一性障害(DID)へ移行する可能性がある
- 適切な心理療法 により機能回復が期待できる
治療(Treatment)
- トラウマ焦点化療法(Trauma-Focused Therapy)
-
- トラウマ記憶を再統合し、心理的防衛機制としての解離を減少させる
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理療法) が有効
- 認知行動療法(CBT)
-
- 記憶の回復を助ける
- フラッシュバックや不安を管理するスキルを学ぶ
- 精神力動的療法(Psychodynamic Therapy)
-
- 抑圧された記憶の統合を促進する
- トラウマの意味を理解し、自己受容を深める
- 補助的療法
-
- マインドフルネス瞑想:自己の感覚を安定させる
- 芸術療法(Art Therapy):非言語的手段で記憶の統合を促進
- 直接的に解離性健忘を治療する薬は存在しない
- 併発する抑うつ・不安障害には以下の薬剤を使用:
- SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)(抑うつ・不安の軽減)
- ベンゾジアゼピン系抗不安薬(一時的な不安症状の管理)
- 抗精神病薬(非定型)(解離性幻覚がある場合)

解離性遁走(Dissociative Fugue)
解離性遁走(Dissociative Fugue) は、解離性健忘の一形態 であり、突発的に 自己のアイデンティティを喪失し、通常の生活圏から遠く離れた場所へ移動する ことを特徴とします。従来のDSM-IVでは独立した診断名でしたが、DSM-5とICD-11では解離性健忘のサブタイプ として分類されています。
解離性遁走は、解離性健忘の一形態であり、突然の移動と自己同一性の喪失を伴うことが特徴です。強いストレスやトラウマが原因となり、数時間から数年にわたって続くことがあります。心理療法を中心に治療が行われ、徐々に記憶が回復するケースが多いですが、完全に記憶が戻らないこともあります。
主要症状
- 突発的な移動(Sudden Travel)(逃避行動)
-
- 計画性のない移動(近隣〜遠方まで様々)
- 新しい場所での生活適応(職を得る、別人として行動することも)
- 突然、意図しない移動をする(例:家を出て遠くの町へ行く)。
- 目的意識が不明瞭なまま長距離を移動することもある。
- 旅行先で普通に生活し、新しい仕事に就くこともある。
- 自己同一性の喪失(Loss of Identity)
-
- 自己の名前、過去の出来事、家族関係などを忘れる
- 新しいアイデンティティを形成することもある(別名を名乗る、異なる職業に就く)
- 自分が誰であるかを忘れる(全般性健忘)。
- 例:「自分は〇〇という名前で、△△という町に住んでいたはずなのに、それが思い出せず、新しい名前で生活していた。」
- 過去の記憶の喪失・普段とは異なる人格特性や行動
-
- 一時的に、自分の過去に関する記憶を失う。
- 例:「家族や友人が誰だったのか思い出せない。」
- 通常の性格とは異なる行動を取ることがある。
- 社交的な人が内向的になる、慎重な人が衝動的に行動するなど。
- 解離性健忘との関連
-
- 健忘の範囲が広い(全般性健忘が多い)
- 過去の自分に関する情報を完全に喪失
- トラウマ的出来事の記憶が欠如
- 行動の特徴
-
- 通常、目的のない徘徊や放浪(例:突然別の都市にいる)
- 新しい生活環境に適応し、異なる役割を持つこともある
- 解離状態から回復すると、遁走期間の記憶が欠如している
解離性遁走と解離性健忘の関係
共通点
- どちらも記憶の喪失を伴う解離性障害。
- どちらも心理的ストレスやトラウマが引き金になる。
- どちらも本人には病識(自覚)がないことが多い。
違い
比較項目 | 解離性健忘 | 解離性遁走 |
---|---|---|
記憶喪失の範囲 | 特定の出来事や期間の記憶を喪失 | 自己同一性を含む広範な記憶喪失 |
移動の有無 | 通常は移動しない | 突発的な移動を伴う |
新しい生活の開始 | ない | 新しいアイデンティティを持つことがある |
持続期間 | 数時間~数週間 | 数時間~数年 |
疫学・病因病態(Epidemiology & Pathophysiology)
ICD-11の解離性遁走の診断基準
- 突然の、意図しない移動(徘徊・放浪)
- 移動中または移動後の自己同一性の喪失
- 記憶喪失は神経学的・身体的疾患や薬物の影響によるものではない
- 通常、強いストレスやトラウマ体験の後に発生
- 解離性健忘のサブタイプとして分類
経過・予後(Course & Prognosis)
- 突然発症し、数時間〜数ヶ月間継続する
- 解離状態が終わると、元の生活へ戻ることが多い
- 遁走中の出来事は健忘されることが多い
- ストレスが継続すると、再発の可能性がある
- 短期間で回復するケースが多い
- PTSD、DID、うつ病が併存する場合は慢性化のリスク
- 治療が適切であれば機能回復が期待できる
解離性遁走の持続期間と回復
- 持続期間は数時間から数年と幅がある。
- ある日突然、以前の記憶が戻り、解離性遁走中の行動を忘れてしまうこともある(→ 解離性健忘の状態へ戻る)。
- 記憶が戻らないケースもあるが、心理療法で徐々に思い出すことがある。
治療(Treatment)
- トラウマ焦点化療法(Trauma-Focused Therapy)
-
- PTSD治療と同様に、トラウマ記憶を再統合する
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理療法) が有効
- 認知行動療法(CBT)
-
- ストレス対処法を学び、解離症状を防ぐ
- フラッシュバックや不安の管理
- 精神力動的療法(Psychodynamic Therapy)
-
- 抑圧された記憶の統合を促進し、自己認識を回復
- 補助的療法
-
- マインドフルネス瞑想:ストレス耐性の向上
- 芸術療法(Art Therapy):非言語的な表現で自己の統合を促進
- 家族療法:家族の理解を深め、再発予防に役立つ
- 直接的な治療薬はないが、以下の薬剤を使用:
- SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)(抑うつ・不安の軽減)
- ベンゾジアゼピン系抗不安薬(一時的な不安症状の管理)
- 抗精神病薬(非定型)(解離性幻覚がある場合)

解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder)
解離性同一性障害(DID)は、複数のアイデンティティ(人格)が交代で意識を支配し、自己の連続性や統一性が失われる精神疾患です。
臨床症状
- 人格の交代(Identity Alteration)
-
- 複数の人格(交代人格; Alters) が存在し、異なるタイミングで意識を支配する。
- 交代の際の意識の空白(Amnesia for Switching) がみられることが多い。
- 各人格が異なる性格、年齢、性別、話し方、記憶、価値観を持つ ことがある。
交代人格の存在
- 人格の特徴
-
- 各人格には独自の名前、年齢、性格、口調、価値観がある。
- 性別や話し方、利き手、癖、記憶能力、スキルが異なることがある。
- ある人格が表出しているとき、他の人格は記憶を保持しないことが多い(記憶の分離)。
- 交代時には、意識の変化や身体的感覚の変化(頭痛、めまいなど)を伴うことがある。
- 解離性健忘(Dissociative Amnesia)
-
- 人格が交代した際に 他の人格が行った行動の記憶が失われる(ブラックアウト)。
- 局所的な記憶喪失(特定の出来事のみ忘れる)、全般的な記憶喪失(自己の人生に関する広範な記憶喪失)などがある。
- 交代のきっかけ
-
- 強いストレス、トラウマの想起、特定の環境や人物との接触により交代が引き起こされることが多い。
- 自分の意思とは関係なく、突然交代が起こる場合がある(非自発的交代)。
- ある程度意識的に交代を制御できるケースもある(自発的交代)。
- 離人感・現実感喪失(Depersonalization/Derealization)
-
- 自分が自分でないように感じる(離人感)。
- 現実の世界が夢のように感じられる(現実感喪失)。
- 自分の身体や感覚が現実のものではないように感じる。
- 自分の行動を遠くから眺めているような感覚(「自分がロボットのように動いている」)。
- 身体の一部が他人のもののように感じる(「自分の手じゃないみたい」)。
- 自己同一性の混乱
-
- 「自分が誰なのか分からない」と感じる(アイデンティティの混乱)。
- 自分の名前や過去の出来事が曖昧になることがある。
- 鏡を見たときに、自分が自分ではないように感じる(離人感)。
- 幻聴や解離性幻覚
-
- 人格同士が 脳内で会話をする ように聞こえることがある(解離性幻聴)。
- 実際にはいない存在の声を聞くが、統合失調症とは異なり 本人の一部であるという自覚 がある。
- 現実感喪失(Derealization)
-
- 周囲の世界が夢の中のように感じる(「周囲がぼんやりして、現実ではない気がする」)。
- 人や物の形や大きさが異なって見える。
- 音が遠くで鳴っているように聞こえる。
- 解離性フラッシュバック(Dissociative Flashbacks)
-
- トラウマの記憶が現在起こっているように感じられる(時間の感覚が失われる)。
- 体が凍りつく、周囲の音が聞こえなくなる、パニック発作のような状態になる。
- 交代人格が突然表出するきっかけになることがある。
- 自傷行為や自殺企図
-
- 各人格の間で 対立や葛藤 が生じ、自傷行為や自殺企図が見られることがある。
- トラウマに関連した感情を処理できず、衝動的な行動をとることもある。
- 身体化症状
-
- 頭痛、胃腸症状、運動麻痺など、医学的検査で説明がつかない症状が現れることがある(解離性神経学的症状障害の併発)。
疫学・病因病態(Epidemiology & Pathophysiology)
ICD-11のDID診断基準
- 複数のアイデンティティまたは人格状態 を持ち、それらが交代して意識を支配する。
- 記憶の空白(解離性健忘) が存在し、個人の人生に関する情報が想起できないことがある。
- 通常の社会的・職業的機能に大きな支障をきたす。
- 症状は物質使用や他の医学的疾患によるものではない。
ICD-11では、DSM-5とほぼ同様だが、「解離性神経学的症状障害(DNSD)」が明確に区別され、DIDとは別の概念として扱われる。
経過・予後(Course & Prognosis)
- DIDは 慢性的な経過をたどる ことが多い。
- 人格の統合が進むケースもあれば、慢性的に多重人格が持続するケースもある。
- 早期発見と適切な治療 を受けた場合、人格統合が進み 機能回復が可能。
- 未治療の場合 は、自傷行為、自殺リスク、機能低下が持続する可能性が高い。
治療(Treatment)
- トラウマ指向型認知行動療法(Trauma-Focused CBT)
-
- トラウマ記憶を統合し、解離反応を減少させる。
- 精神力動的療法(Psychodynamic Therapy)
-
- 無意識の葛藤を探り、解離の根本的な原因に対処。
- 構造化解離理論に基づく治療
-
- 段階的アプローチ で安全確保 → 解離の理解 → 統合を目指す。
- 身体療法・補助的療法
-
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理療法):トラウマ治療に有効。
- マインドフルネス・瞑想:解離のコントロールを支援。
DID自体を治療する薬はないが、併存症状(抑うつ、不安)を管理するために使用される。
- SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)(抑うつ、不安)
- 抗精神病薬(低用量)(解離性幻覚の管理)
解離性同一性障害(DID)の治療プロセス
解離性同一性障害(DID)の治療の目的は、自己の一貫性を取り戻し、適応的な機能を回復することです。具体的には、異なる人格状態(交代人格)の認識と統合、自己同一性の回復、トラウマ処理、生活の安定化となります。無理に人格を統合しようとするのではなく、本人のペースで治療を進めることが大切です。最終的には、患者が「一貫した自己」を持ち、社会生活に適応できるようサポートしていくことが治療の目標となります。
最初の段階では、日常生活の安定、感情調整、自己理解の促進を行います。
- 安全な環境の確保
- 患者が現在、暴力・虐待・ストレスの強い環境にいないか確認する。
- 必要に応じて支援ネットワーク(家族・友人・支援団体)を活用する。
- 症状の理解と自己認識の向上
- DIDの症状や解離の仕組みを患者に教育する(心理教育)。
- 異なる人格の存在を認識し、それぞれの役割を理解する。
- 「人格の交代がどのように起こるのか?」を記録する(トリガーの特定)。
- 解離を減らす技法(グラウンディング、マインドフルネス)を学ぶ。
- 感情調整のスキルを学ぶ
- 急な人格交代や解離発作が起こったときの対処法(自己調整技法)を学ぶ。
- 不安やフラッシュバックを軽減するためにリラクゼーション法(呼吸法・漸進的筋弛緩法など)を取り入れる。
- 自傷行為や解離による行動リスクを低減する。
この段階では、各人格の特性や役割を明確にし、協力関係を築くことを目指します。
- 人格のリスト作成と特徴の把握
- どのような人格がいるのかを整理する(例:「子どもの人格」「保護者的な人格」「攻撃的な人格」など)。
- 各人格の年齢・性格・記憶・機能・出現条件を記録する。
- 人格間の関係性を整理する(どの人格が支配的か、どの人格が対立しているか)。
- 人格間の協力を促す
- 人格間の内的コミュニケーションを強化する(例:「人格同士で手紙を書かせる」「日記を共有する」)。
- 敵対的な人格がいる場合、対話を通じて調整する(例:「攻撃的な人格が他の人格を傷つけないようにする」)。
- 主要な人格(ホスト人格)が他の人格の存在を認め、対話を通じてバランスを取る。
- 自己同一性の回復
- 「自分は一つの統一された存在である」という感覚を育てる。
- 各人格が持つ記憶や経験を統合し、「私」という意識を強める。
- 必要に応じて、主要な人格のアイデンティティを強化する。
DIDの多くのケースでは、幼少期のトラウマが原因となっています。そのため、トラウマ記憶を処理し、解離の根本原因を和らげることが重要です。
- トラウマ記憶の統合
- トラウマ記憶を安全に回想し、受け入れる準備を整える。
- 各人格が持つ断片化した記憶を少しずつ統合する。
- トラウマを想起する際に安心できる環境を確保する。
- 認知行動療法(CBT)や曝露療法
- 歪んだ認知(自己否定感、罪悪感)を修正する。
- フラッシュバックや悪夢の頻度を減らすための段階的な曝露を行う。
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)
- トラウマ記憶を処理するために、眼球運動を利用した治療が有効な場合がある。
- 感情の強い記憶を和らげ、適応的な記憶として統合する。
この段階では、別々の人格を統合し、統一されたアイデンティティを確立することを目指します。
- 人格の融合
- まずは、人格間の記憶を共有することから開始する。
- 交代頻度を減らし、人格同士の対立をなくす。
- 主要な人格に他の人格が統合されるように調整する(ただし、統合は強制せず、本人のペースで進める)。
- 統合後の生活の再構築
- 「人格交代がなくても問題なく生活できる」状態を目指す。
- 統合後の自己概念を明確にし、新しいアイデンティティを構築する。
- 過去のトラウマを乗り越え、新たな人生の目標を設定する。
DIDが治療された後も、再発予防と適応的な生活を維持することが重要です。
- ストレス管理
- 解離を引き起こす可能性のあるストレス要因を特定し、対処法を身につける。
- 定期的にカウンセリングを受け、自己の状態を確認する。
- 自己認識と新しい生活パターンの確立
- 「統合された自己」としての新しい生活を作る。
- 仕事や人間関係の再構築を進める。
- 再発の兆候を把握する
- フラッシュバックや解離症状が再発しそうになったら、早めに対処する。
- 必要に応じて、治療者と連携し、維持療法を続ける。